2022年4月22日 (金)

自民党提言など

 石破 茂 です。
 ウクライナの対艦ミサイル「ネプチューン」の命中によるとみられるロシアの黒海艦隊旗艦であった巡洋艦「モスクワ」の撃沈は、艦齢40年を超える老朽艦とはいえ、それなりに衝撃的な出来事なのでしょう。ロシアの(特に水上)艦艇はかなり特徴的な形状をしており、一体どのような設計思想なのか不思議に思っていたのですが、その道に詳しい方によれば、ソ連・ロシア海軍は1904年の日本海海戦以降ほとんど実戦経験が無いために、ダメージ・コントロールなどをあまり考慮しない「とにかく強そう」なフネになってしまっているとのことだそうです。これはロシアからの直輸入かコピーが多い中国人民解放軍海軍の艦船にも同じことが言えるのかもしれません。
 当然のことながら、陸海空の防衛装備品の設計思想は戦争の勝敗にも影響します。太平洋戦争中、ダメージ・コントロールを軽視した帝国海軍の空母がほぼ全滅したのに対し、これを徹底的に重視した米海軍の空母は損傷を受けてもその多くが戦列に復帰しましたが、外観上からもその違いがよく分かります。開戦初頭において圧倒的な強さを誇った零戦が、やがて米軍のグラマンに敗れ去るに至ったのも同様です。
 いかに「ネプチューン」が高性能とはいえ、二発が命中しただけで大型艦が沈んでしまうという信じがたい光景に、1982年のフォークランド(マルビナス)紛争の際、イギリス駆逐艦「シェフィールド」がアルゼンチン海軍の放ったフランス製ミサイル「エグゾセ」によって撃沈されたことを想起しました。
 映画「亡国のイージス」(2005年・日本ヘラルド映画・松竹配給)では、海上自衛隊の護衛艦「うらかぜ」(架空)が、北朝鮮のテロリストに乗っ取られたミニ・イージス艦「いそかぜ」(架空)の発射した対艦ミサイル「ハープーン」によって撃沈されるシーンが出てきます。この時、中井貴一さん扮する「いそかぜ」幹部に化けた北朝鮮工作員が「良く見ろ、日本人。これが戦争だ」という極めて印象的なセリフを言うのですが、これも鮮明に思い出しました。ご関心のある方は、是非原作(福井晴敏著・講談社・1999年)と併せてご覧ください。原作には、日本の防衛法制や防衛力整備の問題点が極めてリアルに描かれており、四半世紀近く経った今も本質はあまり変わってはいないように思われます。

 「この戦争でロシアは日本円にして1日2兆円もの戦費を使っており、やがて財政的に行きづまり、それが戦争の終わる時期の目途となる」との報道がありますが、これは計算の根拠も不明な、随分といい加減な話だと思います。ロシアが喪失した車両・艦船・航空機などを全部新品に更新したと仮定し、兵士の給料や燃料費・食糧費などを全部合算すればこうなるのかもしれませんが、あまりに現実と乖離しており、このような説を報道する見識を疑います。「巡洋艦モスクワ沈没で950億円の損失」との報道も同様で、艦齢39年の老朽艦にそのような価値があったとはとても思えません。
 東部の要衝マウリポリの攻防でその存在がクローズアップされている「アゾフ大隊」の実態も日本国内ではあまり報道されません。いったいこれはどのような組織なのか。その部隊章がナチスの記章を模したものであるように、組織された当初は反ユダヤ的極右思想を有していたと思われます。2014年のクリミア侵攻以降、ウクライナ正規軍の下に組み込まれたとされていますが、いまだに独立した指揮系統を有しているとの説もあります。プーチン大統領の「この戦争はネオナチの迫害からロシア系住民を守る特別軍事行動である」との主張を正当化させないためにも、アゾフ大隊の今の組織的立ち位置は報道されてしかるべきではないでしょうか。
 このように、今回も国内報道では軍事的な情報の不正確さや不明確さが目立ちます。民主主義国においては国民世論が大きな力を持つのであり、だからこそ情報収集能力の強化は極めて重要なのです。

 昨日、自民党安全保障調査会がとりまとめた「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」の中に、「政府全体として防衛駐在官の更なる活用を含めた情報収集能力の強化」「国家情報局の設置」が書き込まれました。
 報道では防衛費の対GDP比2%と、今後保有すべき反撃能力が大きく取り上げられています。しかし安全保障環境が平穏なら1%でも多いのでしょうし、厳しければ2%でも足りないのは当然で、対GDP比の数字それ自体に積極的な意味があるとは思いません。
 陸・海・空三自衛隊の運用はさらに統合されるべきであり、防衛力整備も単に陸・海・空の要求を足したものではなく、想定されるオペレーションに応じて統合的になされなくてはならず、その体制を整備する必要性も明記しました。個別最適の総和が全体最適なのではありません。
 「司令官の新設を含めた常設統合司令部」の設置も、実現すれば大きな前進になります。統合幕僚長は自衛官の最高位ではあっても、あくまでスタッフ=「幕僚」であって「司令官」ではありません。日米同盟においても統合幕僚長のカウンターパートは米軍統合参謀本部議長であり、実際に米軍の作戦を指揮する太平洋軍司令官ではありません。つまり太平洋軍司令官のカウンターパートは不在だったわけです。このような摩訶不思議なことが今まで罷り通ってきたのは、実際に戦争が起こることを想定していなかったからであり、これでは抑止力にはなりません。これも我々政治の重大な怠慢であったと、心より申し訳なく思っています。

 従来、「策源地攻撃能力」「敵基地攻撃能力」「敵地攻撃能力」などと言われてきたものを、今回「反撃能力」として整理し、その能力整備が提言の中に明記されました。専守防衛との関係を論理整合的に説明することは極めて重要で、どのような抑止力として位置付けるのかと併せて、かなりの議論を積み重ねなければなりません。

 今回の議論では「防衛費はNATO並みの対GDP比2%を目指すべきだ」「左翼政権のドイツですら2%を実現すると言っている」という趣旨の発言も多かったのですが、NATOの性格や財源論に言及したものはあまり見かけられませんでした。予算規模云々よりも、集団的自衛権の行使、シェルター整備などの国民保護、シビルディフェンス・民間防衛体制についてこそ、NATO並みを目指すべきでしょう。
 ちなみに対比2%を達成するためには約5兆円が必要となりますが、健全財政を厳しく課されているEU各国とは異なり、財源は増税か国債発行に依らざるを得ません。我々はこの点もきちんと国民に説明する責任を果たさねばなりません。

 昨日、一昨年コロナで急逝された外交評論家の岡本行夫氏を偲ぶ会が開催されました。森喜朗元総理、小泉純一郎元総理など、どなたのスピーチも心の籠った内容の深いもので、とても素晴らしい会でした。
 岡本氏にはイラクへの自衛隊派遣をはじめとして、お亡くなりになる直前まで本当にお世話になりました。希代の戦略家であり、人情家であり、熱血漢であった岡本さんの御霊の安らかならんことを心よりお祈り申し上げます。遺稿となった「危機の外交」(新潮社刊)を連休中に読んでみたいと思っています。

 来週28日に「ラーメン文化振興議員連盟」が発足し、会長に私が就く予定、との報道に、一部で随分と反響があり、いささか当惑もしています。
 全国各地で講演する時には、あらかじめそのまちの人気ラーメン店やメニュー・お値段・特長などを調べていくのですが、他のどのようなソウルフードよりもお客様の反応が多く、やはりラーメンは本当の国民食なのだな、とつくづく思います。
 コロナ禍で客足が鈍っているのに加えて、ロシア情勢や円安で材料費が値上がりし、全国で厳しい経営状況にあるラーメン業界に、少しでもお役に立てることがあれば、そして各地の「ご当地ラーメン」をてこにした地域振興に寄与できれば、望外の幸せです。

 週末は、23日土曜日に大阪府私立病院協会青年部会の第300回総会・勉強会で講演の予定です(午後7時・大阪市内)。
 「人口減少社会における日本医療・介護・福祉の今後の在り方」という演題を頂いており、自分の勉強にもなりますので、とても有り難く思っております。
 医療改革関連で最近読んだ(読み直し含む)中では「医学は科学ではない」(米山公啓著・ちくま新書・2005年)、「医学の勝利が国家を滅ぼす」(里見清一著・新潮新書・2016年)、「日本の医療の不都合な真実」(森田洋之著・幻冬舎新書・2020年)、「養老先生、病院へ行く」(養老孟司・中川恵一著・エクスナレッジ・2021年)から大きな示唆を受けました。
 24日日曜日は「Mr.サンデー」(フジテレビ系列・午後10時~)に出演する予定です。

 連休も間近となりました。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2022年4月15日 (金)

対独戦勝記念日など

 石破 茂 です。
 旧ソ連時代より国家最大の祝日とされるロシアの「対独戦勝記念日」である5月9日が間近となりました。私はどうにもこの日が気になって仕方がありません。
 欧米では対独戦勝記念日が5月8日なのにロシアでは5月9日となっているのは、フランスのランスで行われた降伏文書の調印にスターリンが「ドイツ総兵力の6割と戦い、ソ連人口の12%にあたる2700万人の多大の犠牲者を出してナチスと戦い、ヨーロッパを解放に導いたのは我がソ連であり、降伏文書の調印はベルリンのソ連軍司令部で行われるべき」と強硬に主張し、再度降伏文書の調印が行われたことによるのだそうです。
 歴史教育の徹底により、このような意識はロシア人に共通した強烈なものとなっているようで、ブレジネフも、ゴルバチョフも、エリツィンも5月9日の軍事パレードにおいて大演説を行っています。ですから「ウクライナの非ナチ化」を戦争目的に掲げるプーチン大統領も、この日を強く意識しているであろうことは想像に難くありませんが、戦況が芳しくないままでこの日を迎えることは避けたいであろうところ、彼がどのような決断をするのか、注視すべきです。
 まずは停戦を実現させて犠牲者がこれ以上増えることを食い止めるとともに、恐らく核兵器の使用を念頭に置いた「もし西側が邪魔をするなら歴史上見たことの無いような結果となる」「ロシアのない世界に何の意味があるのか」とのプーチン大統領の言葉が実現されることのないように、唯一の被爆国であればこそ日本はあらゆる知恵を結集する責任があります。
 1956年、安保理常任理事国である英仏とエジプトの間に勃発したスエズ動乱(第二次中東戦争)の際、安保理ではなく国連緊急総会において国連緊急軍の編成が決議され、英仏を除く各国でUNEFが編成されて、停戦・撤兵が実現されたことがありました。ここに何かのヒントは無いのでしょうか。NATOのさらなる支援の可能性と併せ、懸命に考えております。
 今回万が一にも核兵器が使用されるような事態となれば、第二次大戦後の核抑止力を基礎とする世界秩序は根底から覆ります。核政策を考える際、夢想的・空想的な議論をしてはならないことを改めて痛感させられます。

 私も含めて多くの日本人にはよくわからないことではありますが、この戦争が宗教戦争の一面を持っていることにも認識が必要です。
 2020年のロシア憲法の改正の際に「ロシアは1000年の神への信仰に基づく国家である」と明記されたのは、ロシア正教の国教化を意味するのだそうですが、これはプーチン大統領が共産主義に代わる国家の統一理念をロシア正教に求めた、ということでしょう(ちなみに中国は共産主義に代わる理念を「中華民族の偉大な復興」と言う民族主義に求めたのだと考えます)。この背景には、2018年にウクライナ正教会がロシア正教会の管轄から離脱して独立したことがあります。良し悪しや好き嫌いを離れて、このような経緯もよく認識しておかなければ、国際社会における議論と齟齬をきたすことになり、「国際社会との協調」も難しくなります。

 ロシアのルーブルはウクライナ侵攻前の水準を回復したと言われており、ナブウリナ総裁率いるロシア連銀のルーブル防衛策は当面、成功しているようです。この理由とともに、財政基盤と戦費の関係という観点を、わが国の防衛費の対GDP比を2%以上にするべきとの議論の際にも失わないように考えていきたいと思います。

 感情論を極力排した真っ当な核政策の議論につき、「核のボタン」(ウィリアム・ペリー元米国国防長官、トム・コリーナ著・朝日新聞出版・2020年)は示唆に富む一冊です。4月20日に発売される「いまさら聞けないキリスト教のおバカ質問」(橋爪大三郎著・文春新書)も、とても面白い内容です。故・小室直樹博士の直弟子である橋爪教授の著作からもいつも大きな示唆を受けています。宗教について最低限の知識を持っておくことの大切さを、今回のウクライナの件で再認識したところです。

 週末は16日土曜日に地元へ戻り、かねてより依頼されていた用務をこなします。
 17日日曜日は来週に予定されている講演の準備と、オフィスの執務机に山と積まれて雪崩発生直前状態となっている書籍や資料の整理に充てたいと思っております。
 18日月曜日は「ニッポンおかみさん会 第29回全国フォーラムin草加・越谷」で基調講演の予定です(午後1時・草加市松江)。

 桜も散った都心は、肌寒い小雨模様の週末となりました。
 台風も近づいております。皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2022年4月 8日 (金)

ジュネーブ条約など

 石破 茂 です。
 ウクライナを侵略しているロシア軍がキーウ(キエフ)近郊のブチャなどで多数の民間人を虐殺したとされる行為が、厳しい国際的な非難を浴びるのは当然です。ロシアが憲法でその法的継承国としているソ連は、同様の残虐行為を昭和20年に、千島・樺太・満州において日本の民間人に対して働いたのであり、日本こそこの今回のロシアの行為を国際社会の先頭に立って糾弾しなければなりません。
 日ソ中立条約を一方的に破棄し、日本がポツダム宣言受諾表明した後も武力行使を続け、民間人を虐殺し、シベリアで強制労働に服させて多くの人を死に至らしめ、今なお領土を不法占拠している様(さま)は、彼らが今行っている行為と全く同じです。日本人はウクライナ国民と共にある、と言う時には、これを決して忘れてはなりません。

 それにしても、ロシア軍の軍紀や指揮命令系統は一体どうなっているのでしょう。ジュネーブ条約(および付属議定書)に細かく示された文民保護や捕虜に対する取り扱いの規定など、全く弁えていないとしか考えられません。
 武力紛争中の非人道的な行為は、まずは停戦を達成したのちに戦争犯罪として厳正に裁かれるべきものですが、今回はロシア側にもウクライナ側にも正規国軍ではない傭兵・義勇兵・民兵などが多く参加しており、通常の国家間紛争よりも裁判はさらに複雑になると考えられます。
 ロシアに多大の借りがあるシリアからは、主に金銭目当ての傭兵が多くロシア軍の戦闘に参加していると言われていますし、一方でウクライナのゼレンスキー大統領も、「ウクライナ人は銃を持って戦え」などと国民を鼓舞し、世界中から「義勇兵」を募っています。
 ジュネーブ条約(および付属議定書)によれば、「戦闘員」には①部隊指揮官の命令による行動を取っていること、②遠方からでも認識できるような標章を付けていること(軍服など)、③公然と武器を携行していること、④その行動が国際法規を順守していること、などが求められます。戦闘員が民間人と明確に区別できる状況をできる限り作り、捕虜としての扱いや戦時国際法の適用を促すこともまた、責任ある政府の義務です。

 国際社会として、いま直ちになすべきことは「一刻も早く戦闘を停めさせ、これ以上の犠牲を出さないこと」に尽きます。情報や武器を提供し、相手を非難して憎悪を煽り、厳しい経済制裁を科しても、それで戦闘行為が終わるわけではなく、犠牲は日々増えるばかりですし、窮地に陥ったプーチン大統領が大量破壊兵器の使用を決断すれば、本当に第三次世界大戦となりかねません。
 国連総会の場は、まさしくこのために使われるべきであり、「安保理が無力だ」ということと「国連が無力だ」ということは異なるはずです。
 ウクライナの、文字通り存立を賭けた祖国防衛の戦いに心を寄せることは大切ですが、国際社会はまず犠牲者をこれ以上出さないために何ができるかを真剣に考え、努力すべきです。ロシアの行為は厳しく非難されるべきですが、まずは停戦を実現させることが先決です。日本もそのために何ができるのか、渾身の努力をしなければなりません。

 安全保障戦略の見直しに向けた自民党内の議論が進んでいます。敵地攻撃能力の保持や非核三原則の見直しの議論と共に、防衛費の対GDP比を2%と明記することの是非が今後の大きな論点となります。
 防衛庁長官や防衛大臣当時から訴えていることですが、自衛隊は今後さらに統合運用を目指すべきですし、それに合わせて防衛力整備も統合でなされるのが当然です。部分最適の総和は決して全体最適にはならず、陸・海・空の要求を足したものが防衛費の総額となるべきではありません。ドイツのシュルツ政権が防衛費の対GDP比を2%に引き上げたことは立派な判断ですが、これを可能とする財政の健全性が保たれていることもまた忘れてはなりません。想定されるオペレーション(運用)に相応しい防衛費の総額が結果として2%を超えることになったなら、それを納税者にきちんと説明する誠実さを政治は持つべきですし、その努力なくしてあたかも2%越えを自己目的化するようなことがあってはならないと考えています。

 今週新しく読んだ本の中では「日本の国益」(小原雅博著・講談社現代新書・2018年)、外交官・防衛官僚・自衛官トップクラスOBによる座談会「核兵器について、本音で話そう」(新潮新書・最新刊)からいくつかの示唆を受けました。
 OBになったので本音が話せるようになった、あるいは現役の時には所掌が違うので話せなかったことが話せるようになった、ということはままあります。しかし責任ある立場の多くの人が、その任にありながらも言うべきことを言う、という雰囲気を作るのもまた政治の責任ですし、自分自身の責任も痛感しています。

 昨7日、漫画家の藤子不二雄A(安孫子素雄)氏の逝去が報ぜられました。週刊少年サンデーに連載された「オバケのQ太郎」(1964年~)は大好きで、赤塚不二夫氏の「おそ松くん」「もーれつア太郎」、横山光輝氏の「伊賀の影丸」「仮面の忍者赤影」、小沢さとる氏の「サブマリン707」「青の6号」などと共に、小学生時代に夢中で読んだものでした。あまりヒットはしませんでしたが、「21エモン」(1968年~)も、夢があってとても好きでした。同世代の方で共感してくださる方もおられることかと思います。御霊の安らかならんことをお祈り致します。

 週末は9日土曜日に春名哲夫兵庫県議会議員の「兵庫・西播磨地域創生県政報告会」で時局講演を致します(午後1時半・山崎文化会館・兵庫県宍粟市山崎町)。
 今月は久しぶりに講演が多く入っており、医療・福祉などをテーマとするものもあり、日頃の勉強不足を少しでも補うべく、10日日曜日はその準備に充てたいと思っています。

 安全保障や憲法の話は難しくて一般の人にはわからない、などという国会議員の方がたまにおられるようですが、それは世論を喚起すべき立場として自己否定にも等しく、主権者である国民を愚弄した発言だととられかねません。平素、「日本人は素晴らしい、ニッポンはすごい」などと口にしている方々の中にそういった傾向が強く見られるのはどういうわけなのか、私にはよくわかりません。
 今回のロシアのウクライナ侵略で、日本国民も安全保障に大きな関心を持つと共に、言いようのない不安を抱くに至っていますが、この機に便乗するような感情論を振り撒いたり、本質論を避けたいい加減な説明をしたりすることがあってはなりません。

 今週の都心は桜が満開となり、まさしく桜花爛漫の趣でした。今年もお花見を楽しむことは出来ませんでしたが、この季節、多少なりとも気分を味わいたくて桜を主題とする小説を読んだり、音楽を聴いたりすることが習わしとなっています。
 渡辺淳一の「桜の樹の下で」(新潮文庫)は華やかで哀しい佳作ですし、坂口安吾の代表作の一つ「桜の森の満開の下」(講談社文芸文庫)は曰く言い難い不気味さに満ちた短編です。
 キャンディーズの「春一番」、柏原芳恵の「春なのに」、松任谷由実の「春よ、来い」などとは違ってあまりメジャーな曲ではないのですが、荒井(松任谷)由実の「花紀行」(1975〔昭和50〕年・「コバルトアワー」収録)、「花びらの舞う坂道」(1985〔昭和60年〕・麗美の「PANSY」収録)の2曲はとても好きでした。今これらを聴いていると、時空を超えて一気に半世紀前(!)に戻るようで、とても不思議な気分が致します。
 皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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