2016年12月 9日 (金)

陛下ご譲位についてなど

 石破 茂です。

 天皇陛下のご譲位の件について、時間のある時に懸命に考えてはみるのですが、当然のことながらなかなか自分なりの解が見いだせないままに呻吟の日々が続いています。有識者会議の意見も一通り目を通していますが、本当にこの問題は難しいですね。

 この件で、ある方と議論をしていて、憲法学の泰斗・宮沢俊義東大教授の「天皇ロボット論」なるものが存在したことを初めて知りました。
 私たちが学生であった頃(1975年~)、スタンダードな憲法の教科書は「憲法Ⅱ新版」(法律学全集4巻 有斐閣 1971年)でしたが、そこにそのような記述はありませんでした。同教授がこの説を唱えたのは逝去する年、1976年の「全訂日本国憲法」(日本評論社)においてなので、知らなかったのも無理はないのですが、「(天皇は)なんらの実質的な権力を持たず、ただ内閣の指示に従って機械的に『めくら判』を押すだけのロボット的存在」(同書74頁)との指摘は「ロボット的」というどぎつい表現が不敬かつ刺激的ではあるものの、立法者(形式的には日本国民であるが、実際はGHQ)の意図は実際そこにあったと思われます。

 「象徴」の本質は、陛下に対する国民の心からの尊敬である、と私は思っています。一切の私心を持たれず、すべての国民にこの上ない慈愛のお心をもって接せられ、お祈り下さっている天皇陛下であられるからこそ、国民は心から尊敬しているのであって、憲法に定められた国事行為のみを機械的に行われる存在であったとしたら誰もこのような念を持たないに相違ありません。誰が「ロボット」を尊敬するというのか。普通の人間には絶対に為し得ないことを陛下はなさっておられるのであり、そのことへの畏れの気持ち無くしてこの問題を語ってはならないのではないでしょうか。

 宮沢教授は退位について「天皇はその志望により国会の承認を経て退位することを認める」とも述べていますが(「皇室典範に関して」1946年7月)、連綿と続いてきた日本国における天皇陛下のご存在を、無理に日本国憲法と整合させてしまったことの限界をつくづくと感じます。
 冒頭申し述べましたように、結論めいたものは未だ見いだせておりませんが、週末何とか時間を作って「いまこそ考える 皇室と日本人の運命」(文芸春秋SPECIAL 2017冬)などを精読し、考えを少しでも整理したいと思っています。皆様のお考えをお聞かせいただければ幸いです。

 6日火曜日は長野市において故・小坂憲次 元文部科学大臣の自民党・小坂憲次後援会・小坂家による合同葬が執り行われ、葬儀委員長を務めました。4千人に近い方々が参列され、小坂先生がいかに多くの方々に敬愛されていたかを改めて認識いたしました。
 御霊の安らかならんことを希いますとともに、ご家族のご平安を心よりお祈り申し上げます。

 週末は、10日土曜日が自民党稲城支部「稲城未来塾」冬季研修会で講演と懇親会(午後2時・東京南農協稲城支店・稲城市東長沼)、よみうりランドの最近の取り組みにつき現地見学(午後3時半・よみうりランド)、TBS「時事放談」収録(午後6時半・TBS)。
 11日日曜日は「時事放談」出演(午前6時・TBS系列・収録)、鳥取市河原町公民館竣工祝賀会(正午・鳥取市河原町)、鳥取大学学長他との昼食会・「2016GGJエキスポ西日本第一ブロック共同シンポジウムで講演(午後1時・鳥取大学鳥取キャンパス)、JA鳥取中央役職員との懇談会・意見交換会(午後3時・倉吉市内)、自民党鳥取県連常任総務会・懇談会(午後6時半・ホテルモナーク鳥取)という日程です。

 今年も余すところあと3週間となりました。今週後半から急に寒さが戻り、体調が今一つ思わしくありません。
 皆様ご健勝にてご多忙な年の瀬をお過ごしくださいませ。


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2016年12月 8日 (木)

イシバチャンネル第七十弾

 事務局です。イシバチャンネル第七十弾をアップロードしました。トランプ候補の米国大統領選勝利の影響など。

イシバチャンネル第七十弾 PART1

イシバチャンネル第七十弾 PART2

イシバチャンネル第七十弾 PART3

 ぜひご覧ください

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2016年12月 2日 (金)

防災専門組織の創設など

 石破 茂 です。
 今週木曜日の水月会勉強会は外部講師として軍事アナリストの小川和久氏をお招きし、日米同盟についての講演をお聞きしました。観念論や一般論に堕することの無い、実証的な同氏の所論にはいつも大いに啓発されます。
 
 トランプ氏の当選からひと月が経過し、月刊論壇誌に多くの論説が掲載されるようになりました。移動の機内や車中でざっと目を通した限りでは、潮匡人氏(「正論」1月号)、佐伯啓思氏(「月刊日本」12月号)の論考に(全てではありませんが)納得させられるものがありました。
 
 「集団的自衛権の思想史 憲法九条と日米安保は何を論じたのか」(篠田英朗著・風行社刊)は実にクリアな論理が展開されている好著と思います。東京外国語大学教授である篠田氏は「国家主権という思想 国際立憲主義への軌跡」でサントリー学芸賞を受けた気鋭の学者ですが、久しぶりにこういう極めて真っ当な論に接してとても嬉しく思いました。「いちばんよくわかる集団的自衛権」(佐瀬昌盛著・海竜社刊)と併せて是非御一読くださいませ。

 30日水曜日に神戸市で開催された神戸新聞社主催の講演会では、同社が主唱している「防災省の設置」がテーマのひとつとして与えられました。
 熊本震災発災後に私が記者会見でこれをとり上げたところ、政府からは「既に関係副大臣会議において『直ちに設置する必要性はない』との結論が出ている」という誠に素っ気ない反応が返ってきたのですが、改めてこの副大臣会議のレポート(抄)の該当部分を読んでみると、
「日本版FEMA(米国連邦危機管理庁)のような統一的な危機管理官庁の創設など、中央省庁レベルでの抜本的な組織体制の見直しについては、現段階では積極的な必要性は直ちには見出しがたい」
「危機管理対応は不断の見直しと改善が不可欠であり、今後とも取り組みの進捗状況や成果を検証しながら、組織体制の見直しも排除することなく必要な対策の検討と実践を図り、より良い危機管理体制を目指していく」
とありました。まさしく霞が関官僚文学の精華・極致というべき文章で、感心するやら呆れるやら、要は「絶対にやらないわけではないが、当面やるつもりはない」ということが委曲を尽くしてあちらこちらに配意しながら書いてあり、政治家はまずこんな文章を書きません。
 こんな文章が書けるようになることも優秀な官僚の要件なのでしょうが、このような文化を政治が変えていかなければ、我が国は本当の困難に逢着するように思われてなりません。それが積極的であれ、消極的であれ、権限争いが絡んだ途端に機能停止してしまうのが官僚機構の特性で、迷惑するのは国民です。
 米国は連邦国家であるが故に、FEMA自体が強い権限を持っているわけではなく、その高い専門性によって必要な役割を果たしているのであり、「有用な組織であれば権限が弱くとも機能するが、無能な組織が権限を持つほど怖いことはない」ということを考えなくてはなりません。
 日本の危機管理体制は、地域によってその能力にばらつきが大きいのが難点で、担当する各地域の職員を統一して教育し、組織相互に共通性のある通信・救援などの機材を揃えることなどを任務とする組織の創設は、可能かつ必要なのではないでしょうか。

 週末は本日2日金曜日が(株)光和電工創業50周年記念式典(午後6時・ホテルニューオータニ鳥取)、どんどろけの会クリスマスパーティ(午後7時・ホテルモナーク鳥取)。
 3日土曜日は富樫博之衆議院議員女性部「美心倶楽部」で講演(午前11時半・秋田ビューホテル)、自民党秋田1区支部若手経済人の会で講演(午後1時半・秋田キャッスルホテル)、「緊Q国会 世界の名案」出演(午後2時55分~・テレビ朝日系列・収録)。
 4日日曜日が在職30周年「石破茂を囲む会」(午前10時半・米子ワシントンプラザ、午後1時半・倉吉シティホテル、午後4時半・ホテルニューオータニ鳥取)、鳥取商工会議所会頭ら経済人との懇談会(午後7時・鳥取市内)、という日程です。
 
 街にはクリスマスのミネーションが輝き、華やかで楽しそうな雰囲気が溢れているように見えます。
 かつて銀行に勤めていた頃の12月は、ボーナス獲得や年末の資金繰りなどに追われて恐ろしく多忙でしたし、議員になってからは予算案編成や税制改正などで休む暇もありませんでした。楽しい12月などとは全く無縁の日々がずっと続いていますが、同じように過ごしてこられた方々もきっと多いのでしょうね。
 前にも書いたと思うのですが、クリスマスの物語の中ではО・ヘンリーの短編「賢者の贈り物」(О・ヘンリー短編集・新潮文庫)という話が一番好きで、この季節になると無性に読み返したくなります。
 
 先週末に崩した体調がなかなか元に戻りません。ちゃんと休む暇もないまま、風邪薬や栄養剤で誤魔化しつつ、いつの間にかなんとなく治ってしまうというのはあまりよくありませんね。そのようなわけで、思考回路が機能しないままに、ご紹介のみが多い記述になりましたことをご容赦くださいませ。
 皆様ご自愛の上、ご健勝にて師走をお過ごしください。

201602q

「緊Q国会 世界の名案」の収録の様子です。

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