2019年2月15日 (金)

北方領土など

 石破 茂 です。
 2月7日の「北方領土の日」における政府側の挨拶から「不法占拠」という表現が消え、翌8日、「北方領土は日本固有の領土か」との野党議員の質問主意書に対して「ロシアとの今後の交渉に支障をきたす恐れがあることから、お答えすることは差し控えたい」との政府答弁書が閣議決定されたことには強い違和感を覚えます。「北方領土はソ連に不法占拠された日本固有の領土である」というのがすべての原点であり、ここを曖昧にしてしまうのは国民の国家観や歴史観を危うくする危険極まりないことです。
 日ソ中立条約にある「相互不可侵・戦時中立」を、同条約がまだ有効であった1945年8月9日にソ連が一方的に踏みにじって日本に侵攻したことが北方領土問題の根源であり(ソ連側からの破棄通告は同年4月5日、条約の期限満了は1946年4月25日、同条約は期限満了の1年前に破棄通告をすれば延長されない、とされた)、これを不法な行為と言わずして何というのか。
 1952年のサンフランシスコ条約によって日本は千島列島を放棄したのですが(これに北方領土は含まれない、とするのが我が国の立場)、ソ連はその6年前の1946年1月2日に北方領土を併合しています。
 仮にソ連の言うように北方領土が日本が放棄した千島列島に含まれるとしても、1946年時点でそれは全く確定していない状態だったのであって、日本の領土でなくなったのではありません。そもそもソ連はサンフランシスコ条約の署名を拒否したのであり、同条約第25条が「非署名国には何の条約の利益も与えない」としていることから考えても、同条約によってソ連の併合行為が事後的に承認されたことには全くなりません。
 これが歴史的な事実であり、国際法的にも正当な主張であるはずです。ソ連の継承国であるロシアに対して「お願いして北方領土を返還してもらう、経済で協力すれば領土が返ってくる」などという考えが万が一にもどこかにあるとすれば、それは完全に間違っていると言わざるを得ませんし、ロシアの感情を害さない、などということを配慮する必要は全くありません。ロシアはそのように甘い国では全くない。
 高齢化された旧島民(国後・択捉を当然含みます)の方々の思いを最大限に尊重するのは国家として当然のことですが、これと国家主権は別の問題です。平和条約を締結すれば、当事国間の一切の問題はすべて確定されるのであって、その後の領土問題の進展など望むべくもありません(なお、両国の戦争状態は1956年の日ソ共同宣言によって終了しており、平和条約を結ばなければ終了しない、とするのは誤りです)。歴史や国際法を正しく教えない国家は、いつの日か必ずその報いを受けます。
 「ロシアについての希望的観測、交渉力の欠如、任期中の成果を焦る政治家の功名心、これが対露政策の三悪である」とこの分野に精通されたある元外交官が断じておられますが、そのようにならないようにすることが国政を国民から負託された国会議員の務めと信じます。

 2月10日の自民党大会における総裁演説で安倍総裁は「自衛官募集に協力的でない自治体があるが、そのような自治体からでも災害派遣の要請があれば自衛隊は出動する」と大意述べられた上で、憲法第9条改正の必要性を力説されました。
 防衛庁・防衛省に副長官・長官・大臣として4年近く居たとき、自治体の当該年齢に該当する方のリストをご提供いただくなどの全面的な協力はどうすれば得られるかについて随分と検討したものですが、これを憲法や災害派遣と絡めて議論したことはありませんし、憲法に明記されていないので協力しないという自治体を私は寡聞にして知りません。お気持ちはわかるものの、論理としては相当に飛躍があるように思います。

 北方領土にしても、憲法にしても、感情を優先するあまり論理や国際法を軽視してはなりません。
 本日の自民党憲法改正推進本部で講演された野田将晴氏(私立勇志国際高校校長・元熊本県議・とても正義感の強い方とお見受けしました)は「今はとにかく半歩前進することが大事だ」と述べられたので、「半歩の残りは何だとお考えか?」とお尋ねすると「理想は第二項を削除することである」と率直にお答えになりました。
 これまた総裁が再三述べておられるように「憲法は国の理想を表すもの」なのですから、その追求は常に真摯であらねばならず、論理的整合性を捨象した情緒論は厳に戒めるべきものと考えます。

 元警察庁キャリア官僚の幕連(まく・れん。立場上実名は出せないのでしょうね。実名を明かせば誠に見上げたものですが)氏の著書「官邸ポリス」(講談社)の帯には「92%は現実である」と書かれていましたが、書きぶりが実にリアルで、いかにもありそうな内容でした。官僚が政治を操るのは政治の側にも責任が多々あるとはいえ、嘆息・慨歎の極みです。

 2月4日の誕生日ならびに2月14日のお心遣いをくださった方々に厚くお礼申し上げます。
 今週は予算審議の予算委員会出席にほとんどの時間を費やしました。
 週末は、明日16日に大阪府、明後日17日は静岡県に参ります。
 立春を過ぎてもまだ寒さが続いております。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2019年2月 8日 (金)

毎月勤労統計調査不正問題など

 石破 茂 です。
 毎月勤労統計の問題は、この先どうなるのか見通しが立たないのですが、官僚の側に数字をよく見せかけるための偽装や忖度があったとはどうにも考えられません。
 そうであるだけに、統計を担当していた厚労省の前政策統括官が予算委員会審議の直前に官房付に異動する、参考人としては呼ばない、あるいは調査を担当した厚労省特別監察委員会の樋口美雄委員長(とても立派な方です)の予算委員会への出席を要請しながら「『労働政策研究・研修機構』の理事長として呼んでいるのであって監察委員長としての答弁は出来ない」とする、などの対応は、形式論理としては正しくても、かえってあらぬ邪推を招きかねないのではないかと危惧します。
 様々な事情もあるのでしょうが、疑念が早急に払拭され、本来あるべき充実した審議が行われることを国民は望んでいるはずです。今日の審議から厚労省・前政策統括官を国会に参考人として出席させることで与野党が合意しましたが、当然というべきでしょう。

 総理は「平均賃金は下がっていても総雇用者所得は増えており、経済の実態としてはそちらの方がわかりやすい」「実質賃金よりも名目賃金が指標として重要である」と再三強調しておられます。
 総雇用者所得とは毎月の現金給与総額に総労働者数を乗じたものですから、雇用者数が増えれば増加します。給与が上がっていなくても雇用が増えているのだから、経済が好調だ、ということは言えるでしょう。失業率が低いのはよいことですし、新たな雇用が創出されたのも事実です。
 ですからそれはそれで正しいのですが、国民一人一人の実感としては景気回復と相当の乖離があることも認めなくてはなりません。
 「連合の調査によれば」というフレーズも、連合が野党の支持団体であることを踏まえた上で時々発せられていることと思いますが、その組織率は17・4%にしか過ぎず、またその多くは雇用が比較的安定している大企業労働者です。総雇用者所得や平均値、どちらにせよ国民の実感と乖離が生じるのはある意味当然のことであって、大企業、中堅企業、中小企業、零細企業・事業者ごとに名目・実質賃金の推移を明らかにすることが必要ではないでしょうか。
 所謂アベノミクスに裨益した層がどこにどれほどおられるのか、裨益していない層はどこにどれほどおられて今後どのようにして対応するのか、労働分配率は大企業と中小企業とでは大きく異なっているのではないか、大都市や大企業の成長の果実がやがて地方や中小企業まで波及するとのトリクルダウン理論を採っているのかそうでないのか(総理は2014年にテレビで「シャンパンタワーのように上のグラスから下へと伝わっていく動きがまさにアベノミクスの考え方なんです」と発言されたはずですが、昨年の総裁選においては「トリクルダウンと言ったことは一度もない」と述べておられました)、等々、今後は事実と正確な数字に基づいた精緻な検証がなされることを期待しています。

 戦局が悪化した昭和19年、先帝陛下(昭和天皇)は小磯内閣の米内海軍大臣に対し「日米の戦力比はどのようになっているか」とご下問になり、海相は井上成美次官に回答の作成を命ずるのですが、次官に呼ばれた海軍省軍需局長は「いつものようにメイキングするのですね」と平然と答えたと言われています(「不可視の視点」・保坂正康)が、事実とすれば、なんとも恐ろしいことです。

 一昨日の北方領土の日の政府主催の式典の雰囲気は、従来とは微妙に異なっていたと報ぜられています。この件については回を改めて論じますが、「隣国によって一平方メートルの領土を奪われながら放置する国は、その他の領土も奪われ、ついには領土全てを失い、国家として存立することをやめてしまうであろう」というイェーリングの著書「権利のための闘争」の中にある言葉を叩きこまれてきた私には、思うところが多々あります。

 18歳未満人口1000人当たり児童虐待相談対応件数の全国比較を見ると、最多の大阪府が8.52件、最小の鳥取県が0.94件で約9倍の開きがあります。あくまで相談対応件数なので、虐待の実態とは乖離があるのでしょうが、地域差の原因を分析してみる意味は大いにあるものと考えます。

 最近の日本語の使い方でどうにも気になることが二つあります。
 一つ目。最近「本日お伺いして親しくご挨拶するべきところ、やむを得ない用務のため欠席の失礼をお許しください」など、「親しく」という言葉の使い方が間違っているとしか思えないスピーチやメッセージが多いように思います。「親しく」というのは本来、高貴な方が自らなさることを指すときに使うもので、自分が高貴な者であると自認しているのならともかく、このような使い方は明らかに間違っているとしか思えません。
 選挙のスピーチでも「今日は私、○○が皆さんのところに親しくご挨拶に参りました」とか、挙句「本日は○○候補のために石破先生が皆さんに親しく応援に来られました」などと言う方がおられて、これで票が減らなければよいが、とその都度内心ひやひやするのですが、さりとて言いづらくて困惑してしまいます。
 二つ目。「○○のため、全力を尽くします」というフレーズをよく耳にするのですが、そうあちらこちらに「全力」を尽くせるものではなく、「精一杯の努力を致します」と言う方が正しいと思います。細かいことに拘り過ぎなのかもしれませんが…。

 週末9日土曜日は千葉県、10日日曜日は自民党定期党大会に出席の後広島県へ、11日建国記念日は埼玉県へ参ります。
 また寒気が戻ってきたようです。三連休の方も、休みと関係なくお仕事をなさる方も、どうかご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2019年2月 7日 (木)

イシバチャンネル第九十二弾

事務局です。イシバチャンネル第九十二弾をアップロードしました。「人前で話すには」 です。

是非ご覧ください

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