2021年5月 7日 (金)

国民投票法改正案など

 石破 茂 です。 
 東京、大阪、京都、兵庫に出されている緊急事態宣言が今月末まで延長され、新たに愛知、福岡も加えられることとなりました。
 いつも疑問に思うのですが、政府の方針が先に決まり、これを基本的対処方針分科会に諮問して了承を得る、とのやり方はいかがなものなのでしょう。分科会がそれに異を唱えることなく、単なる「お墨付き」を得るためだけであればほとんど意味がありません。分科会の議事録は発言者も発言内容もすべて公開されており、これを読むと様々な意見があることが見て取れますが、政府が方針案を決める前に分科会を開催して意見を聴取し、これを受ける形で政府が方針案を固めて、これを分科会に提示する形式の方がより良いものと思います。多忙な委員を複数回呼集する困難性は十分に承知していますが、ことの重要性に鑑みてここは努力して頂きたいものです。

 世の中の人々に相当の不満と疲労感が鬱積していることは確かです。延長にあたって、大規模店舗やイベントに対する制限を緩和するというのなら、当初の制限にどのような効果があり、緩和するに至った根拠は何であるのか。東京都では「禁酒法」のごとくに飲食店での酒類の提供の禁止が継続されるようですが、酒類を提供する飲食店でクラスターがどれほどに発生し、それが酒類の提供とどのような関係があると分析したのか、重症化したり死に至った方々はどのような年齢でどのような疾患を持っておられたのか。
 社会のあらゆるリスクは相対的なものであって、その管理も国政の役割なのですが、鬱や認知症、自殺、家庭内暴力、自宅に籠る高齢者を中心とする免疫力低下、この一年で10年は進んでしまったと言われる少子化の進行をどのように考えるのか、等についても、感染症の専門家だけではない分科会の意見が反映されるべきではないのでしょうか。
 ウイルスが数週間に一度変異をするのはよく知られており、本質的な変異ではないので「変異種」ではなく「変異株」と言うのだそうですが、普通は感染力と致死性は一定の相反関係に立つはずで、今回の変異株は致死性が本当に高いのかについても、知り得る限りの情報提供をすべきものと思います。

 何度も強調しますが、緊急事態宣言の目的は本来、医療崩壊の阻止であるはずです。この1年で医療の提供体制がどの地域でどれほどに拡大したのか、「逼迫率」の分母である感染者数(この数字だけに意味があるのではありませんが)と共に、新型コロナに対応できる第二次医療圏ごとの病床数などの数字の検証は不可欠です。平時を前提としている日本の医療体制の宿痾である、垂直的、水平的な機動性と弾力性の欠如を、今を機に改善しなければ、今回の新型コロナよりも強毒性のウイルスに対処は出来ないと思います。
 米村滋人・東大教授は、民間医療機関に対する行政の指揮命令権が欠如していることを理由に挙げており、医療法の改正が難しければ、特措法にその権限を明記して法的な根拠を与えるということも一つの考え方だと指摘しておられます。これを妨げているのは何であるのか、答えを出すのも政治の責任と考えています。

 昨6日、衆議院憲法審査会において国民投票法改正案が修正・可決され、今国会で成立の見込みとなりました。審査会幹事をはじめとする多くの方々の努力には敬意を表しますが、なぜ単なる手続法の改正にこれほどの時間がかかってしまったのか、私には全く理解が出来ません。
 「国はテレビCMやインターネット広告などの規制について3年を目途に法制上その他の措置を講じる」との付則も設けられました。資金の多寡や権力の強弱によって有権者に対する訴求力が異なるようなことがあってはならないのは当然のことですが、この措置が講ぜられるまでの間も憲法本体の議論は進めるべきですし、併せて、憲法改正の重要性に鑑みれば、投票率の下限も定められるべきものと思います。反対勢力の投票ボイコット運動を誘発する、との危惧ももっともですが、そのような病理的な現象で本質論が看過されるべきではありません。
 国民投票法のような手続法でさえこのような時間を要したのですから、憲法本体の議論の進展と実際の改正までの道のりは前途遼遠という感じも致しますが、それは憲法改正にどれほどの使命感と熱意を持つかの問題なのだと思います。第9条第1項・第2項をそのままにして第3項に自衛隊を明記するという論理的にも政策的にも成り立たない案を掲げたままで、改正推進の使命感と熱意が伝わるとは思えません。我々は国民の英知に対する怖れをもって、真摯に臨まなくてはなりません。コロナ対策も、憲法改正もその本質は同じものです。

 この連休中は意欲的な計画を立てながら、読みたい本の三分の一しか読めないといういつものような計画倒れに終わりましたが、宿舎の片付けの最中に中学生の頃に読んだ太宰治の全集が出てきて、ついつい読み耽ってしまいました。「ろまん灯籠」「お伽草子」「新ハムレット」などを読み返せたのはとても懐かしいひとときでしたし、中学生には理解不能だった「斜陽」も新たな感慨を持って読むことが出来ました。国語の教科書にも載っていた「走れメロス」も感動的な短編ですが「世の中というものはこんなにうまくできてはいない。王様も民衆ももっと利己的なのだ」と教えてくださった中学時代の故・木村俊夫先生のことをふと思い出しました。
 皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2021年4月30日 (金)

与党三敗など

 石破 茂 です。
 さる25日日曜日に投開票された衆議院北海道第2区と参議院長野選挙区の補欠選挙、参議院広島選挙区の再選挙は、与党の三敗という結果となりました。例によって今後の政局に与える影響についての報道が多いようですが、私は投票率の低さに現れた有権者の冷めた思いに強い不安を感じています。
 広島県選挙管理委員会が作成した「黙っとれん」という異色の投票呼びかけスローガンは強い訴求力を持っていたように思いますが、あまり県民の心には響かなかったようです。これこそが民主主義の危機の兆候なのではないでしょうか。
 広島、福山と二つの政令市から中国山地の過疎地域までを有する広島県は日本の縮図のような県ですし、被爆地として平和に対する強い思いがあり、公務員や大企業の労組の力も強く、必ずしも保守王国とは言えないと思っています。その中での今回の与党候補は善戦したと言える面もありますが、自民党としてこの選挙の分析・総括を徹底的に行い、次期国政選挙に対する取り組みを急がなければなりません。
 議員を辞職して裁判に臨む河合克行・元法務大臣は「党から提供された1億5千万円はすべて広報などの党勢拡大に使い、買収資金には1円も使っていない」と主張しているそうですが、そうであるならば印刷費や配布にかかった費用の内訳の概要(証拠書類は手元にないにしても)を示して、自民党に対する党員や国民の不信を払拭する努力をして頂きたい。自民党の資金の多くは国民の税金を原資とする政党助成金や党員・党友の寄付で賄われているのであり、これが買収に使われていないということを明らかにするのは、党にとっても極めて重要なことです。
 一方、三選挙区で全勝したとはいえ、野党に対する国民の期待が高まっているようにも全く思えません。秋までには総選挙を控えたこの期に及んで「次の内閣」も組織できていない有り様では、「内閣打倒」などと叫んでも誰も信用しません。与野党ともに深刻な現状は民主主義と国民にとって極めて不幸なことです。
 今の政治に必要なのは、「信頼回復」という国民が聞き飽きた台詞を繰り返すことではなく、国民が共感できる政治の姿を示すことだと思っております。それが単なるパフォーマンスや自己満足に終わることのないよう、日々己の研鑽を重ねる他はありません。

 バイデン米国大統領の議会における中国を強く意識した初演説について、その内容をよく吟味し、日本の今後取るべき方途を見定めなくてはなりません。その後の報道が全くありませんが、前回指摘した中国国内の独裁と言論統制強化と見える動きも気がかりですし、ロシアのクリミア併合以来の軍事力強化も日本にとっては大きな懸念材料です。ロシアの力による現状変更志向や軍事力信奉は中国と同様か、それ以上であるにもかかわらず、日本国内でロシアに対する関心や警戒心がここ数年急速に薄らいでいるように見えるのは非常に危険なことで、私も不勉強と努力不足を深く反省しています。

 変異株に置き替わりつつある新型コロナウイルスの状況が東京や大阪を中心として拡大しつつありますが、相変わらず感染者や死亡者の数だけに焦点が当てられているのには何か意図的なものすら感じます。
 昨年2月以来ずっと申し上げていることですが、感染者数だけではなく、発症した人や重篤化した人の数、その年齢や基礎疾患の状況の分析、治療体制の拡充・整備、治療法の共有と普遍化こそが重要なのだと今でも思っています。
 人口当たり世界最大のベッド数を有し、医師や看護師、対応する医療機器の数も世界平均水準にあり、重症者や死者数が欧米に比べて格段に低い日本において医療崩壊が現実のものとして危惧されるのは、平時を想定した医療の供給体制が今回のような事態には機能していないからとしか考えられず、責任の押し付け合いばかりしていても仕方がありません。まずは医師や看護師などの医療関係者のワクチン接種を加速化して安全を確保すること、そしてこれを終えた医療機関はたとえ民間であってもコロナ患者の受け入れを行っていただくこと、これを明確にすべきだと考えています。
 東京・大手町の合同庁舎内に大規模ワクチン接種会場を設置して、通勤者や都内在住者に1日1万人規模で五月中にも接種を開始するとの報道もありましたが、集団接種か個別接種かという話は市町村に委ねるはずだったのに、これとどう整合性を取るのかが大きな課題になるのではないでしょうか。どのような人が対象となるのか、問診から始まって接種を完了するまでにかかる時間をどう最小化するのか、自衛隊の医官や看護官を活用する態勢をどのように整えるのか、駐車場のない都心会場までのアクセス、移動制限下での大人数の移動の是非、駅や周辺などでの「三密」の発生、梅雨や暑さの中での高齢被接種者の体調管理、等々、私が考えるだけでも懸念があり、政府として早急に信頼性と実現性のある具体案を明らかにして国民の期待に応えて頂きたいと切に思います。
 昨年の今頃、1人に2枚のマスクを配布して国民の不安を払拭するというプロジェクトがありましたが、どんなに善意に基づくものであっても、精緻な計画を立てて臨まなければかえって逆効果となってしまいます。

 連休の谷間の平日である今日は永田町も閑散としていますが、コロナ禍を口実にして日々を無為に過ごすことなく、朝鮮半島有事や台湾海峡有事、ロシアの近年の動向についての論説などを可能な限り精読したいと思っています。
 今晩は19時半より「報道1930」(BS-TBS)に出演の予定です。
 皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2021年4月23日 (金)

温家宝前総理寄稿など

 石破 茂 です。
 中国の温家宝前総理がマカオの新聞に寄稿した文章が、中国国内のSNSで、閲覧は可能なものの転送を制限されているとの報道に接し、とても嫌な予感がしてなりません。「私の母親」と題する亡き母の思いが綴られたこの文章の中には「永遠に人の心や人道、人の本質が尊重され、永遠に青春や自由の気概があるべきだ」「中国は『公正と正義に満ちた国』であるべきだ」との記述があり、これが今の習近平体制を批判したものと受け止められたため、との推測がなされていますが、仮にそうだとすれば実に憂慮すべきことです。
 2004年、小泉内閣の防衛庁長官在任時に訪中し、曹剛川国防部長(国防相、当時)との初日の会談を終えたとき、温家宝総理の面会の要請が突然あり、急遽翌日の日程を変更して中南海で1時間強ほど会談した時のことを鮮明に覚えています。小泉総理の靖国参拝、有事法制制定、アメリカとのミサイル防衛システムの共同研究・開発の合意、中東情勢への対応等々、当時も日中間には様々な見解の相違があったのですが、私が日本としての見解を述べたところ、極めて誠実で論理的な対応をされたことが印象的でした。
 本日のコメント欄にも「温家宝はこの先どうなるのか。劉少奇の例もあり、その意味で心配だ」と述べた方がおられますが、私も全く同じ思いで、中国の民主化を推進し、天安門事件では学生側に理解を示したことで鄧小平と対立、失脚後は軟禁状態に置かれ、失意の中で亡くなった趙紫陽総書記のことも想起しました。
 「政治は共産党一党独裁、経済は資本主義」という矛盾した中国の国家体制が維持されているのは、国民の軍隊ではなく共産党の軍隊である人民解放軍の存在、徹底した国民の監視と言論統制、国家資本主義による経済発展という三つの要素によるものと概略理解していますが、今回はこの言論統制の怖さをまざまざと見る思いです。
 異論を唱える者、反対する者は絶対に許さないという恐怖の支配体制は、国家の利益より己の利益を優先して阿諛追従する者たちが支配者の周りに集って必ず政策を誤り、国民は不満を募らせて人心は離反し、やがて滅亡に至るというのが歴史の示すところですが、マジョリティ側に身を置いた方が得だという国民の隷従的な心理と同調圧力によって、当面は高い支持が続く、というのがまた恐ろしいところです。
 対立と分断こそが資本主義の究極の姿だとの説がありますが、これをはるかに越えたのが中国の現在なのかもしれませんし、行き詰りの打開、国民の不満の解消、自分のレガシーの確立のために外へ打って出るのも権力者の常套手段です。
 海上保安庁法の改正のみが必要なのではありません。我々はこのような隣国の脅威に、常に備えなくてはなりません。

 4月25日から5月11日まで、東京・大阪・京都・兵庫の4都府県に3回目となる緊急事態宣言が発令されることになるようです。
 「蔓延防止等重点措置」では何が足りなかったのか、「緊急事態宣言」に何を期待するのか、デパートなどの大規模小売店舗やカラオケ店、酒を提供する店が何故休業要請の対象となるのか、何故イベントは無観客でなければならないのか。政府はその実証的なデータに基づいた根拠を示すべきですし、メディアもこれをきちんと確認しなければなりません。
 マスク着用、手洗い、消毒などを徹底したデパートやカラオケ店、声を出すことも禁止しているコンサート会場で、クラスターが発生したという話を寡聞にして聞きませんし、酔って大騒ぎをするのは駄目に決まっていても、一人または少人数での静かな食事を酒とともに提供することや、「一人カラオケ」までが何故営業停止の対象となるのか、その根拠はよくわかりません。
 一方で、鬱、認知症、糖尿病、免疫力低下、家庭内暴力、「産み控え」、果ては自殺が激増し、夜8時以降の閉店・消灯によって街は暗くなり、「路上飲み」とも相まって治安の悪化や犯罪の増加も懸念されています。
 真摯かつ懸命に対応している政府や自治体の政策に反対するものではありませんが、やるからには説明責任を果たすべきですし、国民が納得できない政策は決して持続可能性も実効性も持ちません。
 リスクとは常に相対的なものであり、問題なのは「場所」ではなく「行為の態様」なのではないかと思うところ、行政が民間に対して一律に禁止や要請をすることには少しく違和感を覚えています。

 今週読んだ本では「自衛隊最高幹部が語る令和の国防」(岩田清文・元陸上幕僚長・元陸将、武居智久・元海上幕僚長・元海将、尾上定正・元航空自衛隊補給本部長・元空将、兼原信克・元内閣官房副長官補の座談会。新潮新書新刊)を共感を持って読みました。陸・海・空自衛隊高級幹部を務めたお三方は私と同年代で、見識も能力も極めて優れた方です。
 以前ご紹介した「コロナとがん リスクが見えない日本人」(海竜社・2020年)の著者である中川恵一・東大病院准教授の「知っておきたい『がん講座』」(日経サイエンス社・2019年)からも大きな示唆を受けました。

 早いもので、来週末はもう5月となります。今年も桜の花見が出来ずに残念でしたが、日本列島はやがて藤や紫陽花、花菖蒲の綺麗な季節を順次迎えます。
 移動制限も課されるようですし、私が見られる機会は恐らくないのでしょうが、四季折々の美しさが楽しめる日本の有り難さを思います。
 皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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