2021年2月26日 (金)

「害其身に至る」など

 石破 茂 です。
 今週は予算委員会の集中審議、公聴会、分科会等で委員会に出席している時間が長く、落ち着いて本欄を書いたり、推敲したりする暇があまりありませんでした。乱筆乱文あればご容赦くださいませ。
 
 予算委員会では総務省や農水省の接待問題が多く取り上げられました。公務員倫理規定に反した行為に対して厳正な処分が行われるのは当然のことで、どれほど偉い人やその関係者が同席していようが「規則に反することは出来ない」という規範意識を徹底させなくてはなりません。
 私自身のことも含め、政治家の緊急事態宣言下にふさわしくない行動については、主権者である国民に対する怖れの気持ちをもう一度思い起こさねばならないということを申し上げましたが、同じことが官僚にも言えるのかもしれません。
 かつて旧大蔵省の接待汚職事案や防衛省の山田洋行事案などが大問題になり、その都度「再発防止を徹底する」としたはずなのですが、時が経ち人が替われば教訓もいつしか風化してしまうということなのでしょうか。
 今回の総務省の内部調査は、接待の有無、人数、金額、同席者などの事実の確認のみに留まり、何故2018年に東北新社の子会社がハイビジョン未対応番組の放送認定を受けたのか等の許認可問題には言及がありませんでしたが、問題の本質はむしろこちらにあるのであって、武田総務大臣が「行政が歪められていないかという国民の疑念に応える」と述べたとおり、これを一過性に終わらせることのないようにしなければなりません。
 冷厳な数字で人事が評価される民間企業とは異なり、官僚機構における人事評価は、どうしても個人の好き嫌いや相性の良し悪しによる、かなり主観的なものにならざるを得ません。そうであればこそ「公務員はすべて国民全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない」との日本国憲法(第15条第2項)の趣旨をもう一度想起し、内閣人事局が対象とする幹部公務員の範囲の見直し、民間人の登用等々、人事制度を再検討する良い機会です。
 決して初心を失うことなく、影日向なく、阿諛追従せず、誠心誠意国民のために職務に精励している、人間的にも能力的にも立派な人たちが官僚の中に間違いなくいることも事実です。そのような人たちがやる気を失うことなく、正当に報いられるような組織にしていきたいものです。

 いわゆる「グレーゾーン法制」に関する自民党内の議論が進みつつあり、いくつかのご意見も頂戴しております。
 あくまで外見は「白い船」のコーストガードを装いながら実は人民解放軍傘下の第二海軍的な存在である中国海警と、我が海上保安庁との間でトラブルが生じ、海上保安庁では質的・量的に対処不可能と判断されて海上警備行動が発令され、海上自衛隊の護衛艦で対応すれば、「先に軍事行動を仕掛けたのは日本である」との中国の宣伝によって我が国が国際的に不利な立場になってしまうおそれもあります。少なくとも、海上保安庁に領海保全的な任務を加えることは、国際法的にも問題がないものと考えております。

 コメント欄や頂くメールにもいつも目を通させて頂いておりますが、広くネットで表明される事実に全く基づかない誹謗中傷、罵詈雑言、妄想や一方的な思い込みの類にはいささか閉口致します。お書きになるのはご自由ですし、その方の人間性の問題ではありますが、ネット社会とは本当に難しいものだと思ってしまいます。
 書店に行くと「○○を理解できないバカ」等々、この著者はどれほど偉いのだろうかと思わざるを得ないタイトルの本も目につきます。他人を貶めて自らを誇るような言論にはどうにもついていけませんが、あくまで一部ではあるにしても、日本人はいつからこのように謙虚さを失い、尊大になってしまったのでしょう。いかにその本の内容が優れていても、全体的な評価は下がってしまいます。本を売りたいとの出版元の動機はわかりますが、タイトルの付け方にはよく気を配って頂きたいものです。

 ライターの久保山雅文様から、徳川家康公の生涯や名言などを紹介した「光を、なげかける 混迷の今によみがえる徳川幕府260余年の英知」(ヒカルランド刊)と題する本をご恵贈いただきました。この本自体、なかなかに味わい深い内容ですが、巻末に載せられている日光東照宮の稲葉久雄宮司の寄稿の中で、平成25年に東照宮の機関誌の83号に私が寄せた次のような一文が紹介されておりました。
 「我々は夏の参議院選挙に勝利して政権を安定的なものとし、震災復興や経済再生、外交の立て直しなどの多くの課題に腰を据えて取り組み続けなければならない。今一度国民と共にある自民党を作り直さなければならない。思えば我々自民党は長い間政権にあって、怖れや謙虚さを忘れて『害其身に至り』下野することになった。野党であった間は我々にとって『まくる事』を知る千載一遇の機会であったと思っている。より良い自民党をつくることがより良い日本の礎を作ることであり、そのために与えられた職務を全うしたい。『不自由を常とおもへば不足無し』。御遺訓を心に」
 家康公の言葉である「勝つ事ばかり知りて負けることを知らざれば害其身に至る」を念頭に、政権奪還直後に書いたものですが、しばらく忘れておりました。当時はそのような緊張感と高揚感が党内に漲っていたように思います。思い返すことが出来ましたことを有り難く思います。

 本日はこれから「プライムニュース」(BSフジ・午後8時~)に出演する予定です。
 今週の都心は三寒四温そのものの気候が続きました。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2021年2月19日 (金)

与野党質疑など

 石破 茂 です。
 13日の福島県を中心とする地震で被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
 防災省の創設の必要性を改めて思いました。

 15日月曜日の予算委員会集中審議における野田佳彦元総理の危機管理を中心とした質問は、最近の低調気味な国会論戦の中にあって、久々に聞き応えのあるものでしたが、時間が40分と短かったのはとても残念に思いました。立憲民主党は他の質疑者の時間を削ってでも1時間、出来れば1時間半は時間を取るべきでしたし、水曜日の前原誠司議員の安全保障に関する質疑の際にも同じことを感じました。
 第一次安倍内閣での参院選敗北で衆参の与野党のねじれが生じて以降、野党・民主党(当時)の野田氏、岡田克也氏、前原氏などの「次(影)の内閣(シャドーキャビネット)」のメンバーによる、一人1時間半にもわたる質疑は相当に内容の濃いもので、福田内閣、麻生内閣の閣僚席は緊張感に包まれていたことを当時の内閣の一員としてよく覚えております。現職閣僚と「影」の閣僚との各分野における丁々発止の論戦は、有権者に「どちらの内閣がよりよいか」を考える機会を提供したのではないかと思います。
 批判と不祥事の追及に終始して、具体的・現実的な優れた政策が提示出来なければ、有権者からは決して評価されません。当時の民主党議員の多くはそれをよく認識していたようでした(結果的にはそのほとんどは幻影でしたが)。その経験がある議員が少なくなったためか、そもそも今の野党には「次(影)の内閣」自体が存在しておらず、これでは国民は評価の仕様がありません。支持率が低迷するのは極めて当然のことでしょう。

 野党時代、谷垣総裁の下で自民党政調会長を2年、予算委員会の筆頭理事を1年務めました。自民党の「影の内閣」の閣僚としての部会長が予算委員会や各委員会で質疑に立ち、民主党政府の閣僚と渡り合って「やはり自民党の方が良い」と国民に思って頂くべく、政務調査会の人事や予算委員会の質疑者の人選は実力本位で行いましたし、質疑終了後は反省会を開催し、ディベートの専門家から容赦のない批評を仰いで改善に努めました。我々が駄目になったら日本の終わりだ、という切実感が、当時の自民党内には横溢していたように記憶します。
 今の野党からはそんな気迫が感じられません。政治全体が緊張感に欠け、主権者である国民の選択による政権交代の可能性を目的として導入された小選挙区制度はその欠点ばかりが目につきますが、これでは有権者は「与党も野党も駄目で選択肢がない」という思いになり、投票率はますます低下して、棄権という名の消極的賛成が増え、民主主義は機能不全に陥ってしまいます。
 今週も党所属議員の不祥事や、総務省幹部の失態などが明らかになりましたが、自民党内も野党経験のある議員が過半数を割り、逆の意味で野党と似たような状態になっているのかもしれません。「あのような野党にこの国が任せられるはずはない」との論法が有権者に通用する限り、自民党内の改革は格段の前進を見ないのかもしれません。かつての自民党であれば、このような時に若手議員とベテラン議員とが連携して党改革本部的な組織を立ち上げて侃々諤々の議論を展開したものですが、自分の力の不足を痛感するばかりです。
 去る13日土曜日に、故・新井将敬議員の23回忌に参列した際、政治改革論議を熱く交わした当時のことを思い出しながら、そのように思いました。

 前原議員は総理に対して領域警備法制の必要性を訴え、共感するところも多かったのですが、総理の答弁が従来の域を出なかったことは残念でした。中国が外見上は「白い船」であるコーストガードの海警を人民解放軍傘下の軍として位置付けた以上、繰り返される我が国領海への「無害でない通航」に対して、わが国の海上自衛隊の護衛艦が対峙する可能性が高く、その場合に中国が「我が国の『コーストガード』に対して日本は『軍艦』で対応した」との批判を国際社会に対して発することは必定であり、これがまさしく彼らの狙いであるように思われます。海上保安庁に領海警備的な任務を与え、「海保は軍隊としての機能を営まない」ことを定めた海上保安庁法第25条を改正することが喫緊の課題であると考えます。

 森会長の後任人事は橋本聖子氏に決まりました。選考方法はもっとオープンであって欲しかったのですが、橋本新会長ご自身は芯の強いとても立派な方で、大任を果たされることを願っています。
 東京オリンピック・パラリンピック開催の可否を問う声も多くありますが、オリンピックが一般の国際競技大会と決定的に異なるのは「国境・人種・性別・政治体制・経済格差」等々を越えて、古代オリンピック以来の「人々の連帯による戦争のない世界」を希求するところにあるのでしょう。もちろんナチス政権下のベルリン大会のように、国威発揚と力の誇示を目指した大会もあり、綺麗ごとばかりではありませんが、人類として「せめて4年に1度は戦争のない世界を」という思いを継承することは大切です。
 「復興五輪」や「人類が新型コロナに打ち勝った証」というスローガンは、あまり多くの国民の共感を得ていないかもしれませんが、そうであればそれを越える、国内のみならず世界が共感するメッセージを発することが出来るかが問われているのだと思います。
 1964年の東京大会の際、私は鳥取市の小学2年生でしたが、戦災からの復興と共に、新たな世界の到来を子供心に予感したことを覚えています。

 皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2021年2月12日 (金)

中国海警法とグレーゾーン事態など

 石破 茂 です。
 森喜朗会長の問題とは、会長一人だけの属人的な問題なのではないのだと思っております。後任人事もこれを書いている時点では未確定ですが、情報の混乱ぶりもあわせ、何かがおかしいと思わざるを得ません。
 人情に厚く、こまやかな心遣いをされ、比類ない面倒見の良さで知られる森会長にお世話になって「足を向けては寝られない」人々は大勢いて、それは永田町・霞が関・大手町・丸の内の政財官界に限らず、テレビ・新聞・雑誌などのメディアや、学問の世界においても、広くあまねく存在し、そしてそのような人ほど諫言はしにくいものです。
 国立競技場の設計変更やエンブレムのデザイン、マラソンや競歩の開催地の変更など、面倒極まりない案件が多く発生した中で、そのたびに森会長の指導力が必要とされたことでしょう。病身を押してそれらに取り組んでこられた「功」の部分が正当に評価されなくては、衡平を失するというものです。

 時折「絶対的権力は絶対的に腐敗する」というジョン・アクトン卿の格言を思い出します(このあと「偉人はほとんど常に悪人である」と続きます)。権力とは個人に帰属するものではなく、取り巻く多くの人々の利害と思惑の集合体であるからこそ、「革命」はその外の人々の手によって正義の名のもとになされるわけです。
 そして、それは経験を経てシステム化され、わが日本においても主権者による選挙がその役割を果たすことになっています。
 「絶対的に腐敗する」権力がそうならないためのシステムの構築は極めて困難なのですが、議員の定年制や、同一選挙区からの一定期数以上の立候補制限などは、幾多のマイナスを差し引いても政治全体のためには一考に値するように思われます。
 「余人を持って代えがたい」とはよく言われる言葉で、昨年の東京高検検事長問題の時もそのようなことが言われましたが、「代えがたい」のではなく「潰してきた」という面が仮にあったとすれば、それはもはや公のための組織とは言いえないでしょう。
 自らの至らなさを十分に承知の上でそのように思います。

 今月1日からの中国の海警法施行について、自民党内で議論がなされています。
 中国の持つ国際法の感覚は我が国のみならず世界のそれと大きく異なっていますし、今回海警もその組織の一部となった人民解放軍は「国民の軍隊」ではなく「中国共産党の軍隊」であることも我々はよく認識せねばなりません。中国に対して強い遺憾の意を表したり、厳重に抗議するのは当然ですが、それによって中国の態度が変わるなどという期待を持つべきではありません。
 「バイデン大統領は尖閣が日米安保条約第5条の適用の対象であることを明言した」とあたかも大ニュースのように報じるメディアがありますが、「どのような事態に適用になるのか」が問題なのであり、これによって日本人の多くが「尖閣もアメリカが守ってくれる」と誤解してしまうことの方がよほど恐ろしい、というのは以前から申し上げている通りです。
 「中国海警が尖閣諸島周辺の日本領海で日本漁船とトラブルになり、海保と銃撃戦となった」というような事態はあくまで日本国が対処すべきものであって、このような事態で米軍が出てくるはずはありません。
 自衛権の行使としての実力行使は「我が国に対する」「国または国に準ずる組織による」「急迫不正の武力攻撃があり」「他に取るべき手段がないとき」にのみ認められる、というのが従来から一貫した日本政府の立場ですが、「急迫不正の武力攻撃」の認定が難しいケースが、いわゆるグレーゾーンの問題です。
 一定の要件をあらかじめ設定して防衛出動で対応する、という解もありえますが、治安出動すら一度も発動したことの無い我が国において、このハードルがどれほどに高いか。法律の理屈だけをどんなに精緻に構築しても、実際に機能しないのであれば意味はありません。
 「我が国の国家主権たるわが国領域が、他の国家主権を体現する主体によって侵害された時は、国際法および確立した国際慣習に基づき、自衛権で対応する」というのが本来あるべき姿であり、国家主権の侵害に警察権で対応することを原則とすべきではないと考えます。
 このリスクマネジメントはもちろん相当に困難なものですが、それを成し遂げてこそはじめて国家の名に値するのではないでしょうか。海保や海自の現場に大きな負担をかけ、逡巡を強いて、時間を空費することによって生ずる大きな国家的損失を明確に認識すべきです。

 何故かあまり大きく報じられませんが、海自の潜水艦「そうりゅう」が高知県沖で浮上時に香港の船と衝突した事故は極めて重大なもので、海保による原因究明は早急になされなくてはなりません。初歩的なミスのように思われますが、静粛性と能力の高さで知られ、哨戒機と共に日本防衛の要である潜水艦で、なぜこのようなことが起こるのか。過大な日常的負担に起因する基礎訓練の不足などはなかったか。海上自衛隊の艦艇乗組員の不足、中でも潜水艦乗組員の不足は随分前から極めて深刻です。省人化、自動化の推進や乗員の負担を減らすための2クルー制の導入も随分と前から主張しているのですが、もはや待ったなし、喫緊の課題であり、精神論で片付く問題では決してありません。

 新型コロナウイルスワクチン投与の具体的なスケジュールが検討されつつありますが、日本ではあまり行われていない「筋肉注射」のスムースな実施に配意しなければなりません。基礎自治体である市区町村が中心となりますが、全国にある23特別区と1718市町村において、都道府県や医師会との連携も含めて、実際の訓練も行いつつ、実施要領を今から綿密・詳細に定めておかなくては、大混乱が生ずることになりかねません。このことについても、先日来ご紹介している中川恵一・東大病院准教授は著書「コロナとがん」の中で意見を述べておられますが、厚労省をはじめとする担当部局の苦悩を十分に知りつつ、最後は政治が全ての責任を負わねばならないという当然のことに我々は更なる覚悟を持たねばなりません。
 本日はこの後19時半より「報道1930」(BS-TBS)に出演します。
 皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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