2023年9月29日 (金)

「沈黙の艦隊」など

 さる23日土曜日に出演したBSテレ東の報道番組(ニュースプラス9サタデー)は、国連改革をテーマとしたなかなか面白い内容でしたし、同席ゲストの笹川平和財団上席研究員・渡辺恒雄氏からも多くの示唆を受けましたが、ネット上で見る限り、この番組に関する報道は「石破氏、来年の総裁選出馬に含み」というものだけで、国連改革について触れたものは全くありませんでした。
 含みも何も、「日本国憲法上、総理大臣になれるのは(参院議員も含めて)国会議員に限られるのだから、国会議員たる者、準備をしておくのは当然のこと」というごく常識的なことを述べただけなのですが、報道諸兄姉の「政局ネタ」に対する想像(創造)力の豊かさにはいつもながら嘆息せざるを得ません。

 前回の本欄でも指摘したように、「国際連合」とは米・ソ・英・仏・中(当時は中華民国)の五か国を中心とする第二次世界大戦の戦勝国が、戦後の国際秩序を維持するために創設した「第二次世界大戦戦勝国連合機構」(「連合国」)なのであって、多くの日本人がイメージするような「世界政府」的なものではありません。
 憲章を作成するために開催されたサンフランシスコ会議に招請されたのは「1945年3月1日までに枢軸国に対して宣戦布告した国」に限定されていたので、慌てて宣戦布告した国々も含めた51か国が「連合国」となりました。国連憲章が参加国すべての国において国会の承認などの手続きを完了して条約としての効力を持ち、国連が正式に成立したのは1945年10月24日のことです。
 日本政府の説明によれば、この憲章上の「敵国」とは、日・独・伊の三国に加えてルーマニア、ハンガリー、フィンランドなどとされていますが、日・独以外の各国は早々に枢軸国を離脱し(イタリアは1943年10月13日にドイツに対して、1945年7月15日に日本に対して宣戦布告をしています)、ドイツはヒトラー政権の後継となったデーニッツ政権が連合国に認められず、国家として一度消滅しているため、今日なお「敵国」とされるのは日本だけ、というのが前回ご紹介した色摩力夫先生の説です。
 この敵国条項を「死文化した」と言われたからと放置し、集団安全保障機構としての国連が組織する国連軍への参加を「憲法違反」として否定しながら、わが日本国として国連において主導的な役割を果たしたい、ましてや常任理事国入りしたい、などというのは、もはや荒唐無稽といっても過言ではないのではないでしょうか。
 このような内容も一切報道されない現状についても、どうせ国民にはわからないから報道しないのか、そもそも報道関係者がわからないから報道しないのか、そしてそんな状況を見て、報道で取り上げられないのなら発言しないという風潮になりはしないか、ととても恐ろしく思います。

 総選挙の時期とどのような関わりがあるのかは知る由もありませんが、総理大臣より来月中に経済対策を取りまとめるように指示が出され、補正予算を審議する臨時国会が10月20日にも召集される見込みと報道されています。常套句となった「成長と分配の好循環」に真に必要な要素は何なのか(国家財政支出の大多数を占めるに至る社会保障関係費の検討なくして分配の議論ができるわけがありません)、グローバル化した世界経済における「成長」と「分配」をどう位置付けるべきなのか、そもそも、今求められる「経済の成長」とは何なのか、それを考えるにあたって、付加価値の総和であるGDPと人々の満足度・充足度との関係をどのように定義すべきなのか、等々、せっかく「新しい資本主義」という目標を総理が立てられているのですから、基本的なところや前提から議論する必要があるように思います。その意味において「お金の向こうに人がいる」(田中学著・ダイヤモンド社・2021年)は、とても刺激的で示唆に富むものです。

 今回の党の人事において、平時における自民党の最高意思決定機関である総務会のメンバーに留まることとなりました。
 かつての自民党総務会のメンバーはほとんど全員が閣僚や党三役の経験者という重厚な布陣で、小泉純一郎、加藤紘一、古賀誠、粕谷茂などという経験と威厳と見識を備えた方々が侃々諤々の議論を交わし、白熱した議論が数時間に及ぶこともしばしばでした。総務会を乗り切ることを当時の執行部は「K点越え」と称していましたが、このようにお名前を挙げてみると本当に「K」が並んでいたのですね。総務会長の許可があれば総務以外の議員も出席して発言することが認められており、私も二回生の頃、何度か出席して震えながら自説を述べたものでしたが、あのシステムが自民党の活力の源泉の一つであったように思います。
 今はブロックごとに一人ずつ割り当てられている総務ポストを各都道府県がローテーションで持ち回り、当選回数や派閥による調整も行われているようです。「モノを言わないのがお利口さん」「雉も鳴かずば撃たれまい」というわけでもないのでしょうが、かつての熱気と活力は失われてしまったように思います。折角、組織内に良いシステムがあっても、機能しなければやがて組織そのものが衰退してしまいます。私もその責任を自覚し、研鑽に努めなくてはなりません。

 かわぐちかいじ氏の「沈黙の艦隊」が映画化され、本日より全国東宝系劇場で公開されています。本作の実写化は困難とされてきましたが(アニメ化は1996年)、自衛隊の全面協力や主演の大沢たかお氏はじめ俳優さん方の好演もあって、なかなか素晴らしい仕上がりとなっているようです。「国家とは、独立国とは何か」「核抑止力とは何か」がメインテーマであるこの作品がどのように実写化されているのか、機会をみて是非観てみたいと思っております。ご関心とお時間がおありの方はどうかご覧くださいませ。
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 自民党ジビエ議連の会長として、27日水曜日、JR四ツ谷駅の「BECKS COFFEE SHOP」において、同店を首都圏において展開するJR東日本グループの「JR東日本クロスステーション」の幹部の皆様方との国産ジビエ鹿肉カレーの試食会・意見交換会に参加して参りました。日本ジビエ振興協会の代表であり、信州蓼科においてオーベルジュ「エスポワール」を経営する藤木徳彦シェフの監修になる国産鹿肉ジビエキーマカレー(税込980円・首都圏55店舗で1万5000食限定販売)は、クセになりそうな感動的な味でした。鉄道事業に地域の発展は不可欠であり、列車の運行に支障となる鳥獣の除去と相俟って鉄道との親和性を強調されたJR東日本の姿勢にも感銘を受けました。

 また昨28日は、自民党水産総合調査会長として、中国の日本からの水産物輸入停止で打撃を受けている紋別・湧別・北見地区の視察に行って参りました。麻生内閣で農水相を務めていた時、いわゆる事故米事案(輸入米に日本では使用が禁じられている農薬が入っており、九州を中心とした焼酎や米菓製造業が打撃を受けた事案)に対応したときは、農水省の検査が杜撰であったことが背景にあり、大臣としてできるだけ早く現場に出向いて状況を把握するなど、可能な限り迅速・的確な対応を心掛けたのを思い出しました。及ばずながらではありますが、何の責任もない被害者に寄り添う、という言葉を本当に実感して頂けるために、今回も可能な限りの努力を致して参ります。

 今週は岡部芳彦・神戸学院大学教授のゼミで講演する機会もありました。ウクライナを35回以上訪問された同教授の著書「本当のウクライナ」(ワニブックスPLUS新書・2022年)も大変示唆に富む良著と思います。
 ロシア・ウクライナ戦争に関しては多くの書籍が刊行されていますが、最近読んだものの中では「ウクライナ戦争の噓」(佐藤優氏と手嶋龍一氏の対談・中公新書ラクレ・2023年)、「ウクライナ戦争即時停戦論」(和田春樹・東大名誉教授著・平凡社新書・2023年)、「ウクライナのサイバー戦争」(松原実穂子著・新潮新書・2023年)、「ウクライナの教訓」(潮匡人著・育鵬社・2022年)からいくつもの教示を受けました。それぞれ、よって立つ立場には大きな相違がありますが、異なった立場からのものを複数読むことが自らの議論を組み立てる上では重要です。それにしても、知らないことのあまりに多さに今更ながら驚愕致します。

 今晩は中秋の名月、早いもので明後日からはもう10月となります。皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2023年9月22日 (金)

国連のあり方など

 石破 茂 です。
 昨日は「ウクライナ戦争」の即時停戦を求める有識者の集会が議員会館で開かれ、日ごろから敬愛する伊勢崎賢治・東京外大名誉教授からのお声がけもあり、参加して参りました。田原総一朗氏、東郷和彦・元外務省条約局長、和田春樹・東大名誉教授など錚々たる顔ぶれで、多くの示唆を受けました。「今日のウクライナは明日の台湾、台湾有事は日本有事」という相当に短絡的な議論の危うさを改めて感じたことでした。
 台湾有事は日米安保条約第6条の「極東有事」ではあっても直ちに第5条の日本有事になるものではありませんが、朝鮮半島有事は朝鮮国連軍地位協定によってそのまま日本有事となる可能性のあるものです。勇ましい話ばかりではなく、精緻な議論が今こそ求められます。

 明23日土曜日午前9時半からは、BSテレ東の討論番組に出演する予定もあり、この数日、ウクライナ戦争を巡っての国際社会の在り方について学ぶ時間が多くなっています。
 ここ20年あまり、講演等でいつも申し上げていることですが、第二次世界大戦の戦勝国が当時の国際秩序を維持する目的で創設した「United Nations」(対枢軸国戦勝国連合機構)を、あたかも世界政府であるかのごとき響きを持つ「国際連合」と敢えて訳したところから、日本人の国連幻想は始まっています。
 国連憲章第53条と第107条に定められた「敵国条項」により、安保理の決議がなくとも武力行使の対象となる「旧敵国」には日本、ドイツ、イタリア、フィンランド、ブルガリア、ハンガリー等が挙げられるのですが、日本とドイツ以外は途中で枢軸国を脱退して連合国側につき、日独に宣戦布告をしているため「敵国」には該当しないとされ、旧ドイツはヒトラーの自決により成立したデーニッツ政権を連合国側が国家として認めなかったために法的には国家として消滅しており、現在のドイツとは国家としての連続性がなく、結局枢軸国国家として現在まで連続しているのは日本だけである、とする見方もあります(故・色摩力夫・元駐チリ大使)。
 敵国条項は国連総会において死文化が確認され、次期の憲章改正で削除されることになっていますが、それまでは条文として有効であり、ロシアが北方領土占拠の根拠としているように、いつこれが援用されるかわからない状況にあります。
 国連は本来、安保理決議により、侵略国に対し、侵略行為を排除するために国連軍を組織して戦うことを本質とする組織ですが、日本はこの国連軍に参加し、武力を行使することを正式には可能としていません。「旧敵国」であり、国連の武力行使にも参加しない国が、「唯一の被爆国」「国連加盟国中最多の安保理非常任理事国選出国」であるからと言って常任理事国入りを目指すことには、かなりの無理があるように思います。
 国連憲章第51条に定められた集団的自衛権は、拒否権を持つ常任理事国から侵略を受けた国は実質何の救済も受けられないことに憤慨したラテンアメリカの諸国の提案により、安保理決議が出るまでの間、互いに助け合うことを権利として認めたものです。日本人の多くが誤解しているような、「大国とともに世界のどこにでも行って武力を行使する権利」ではありません。
 集団的自衛権行使の要件は「急迫不正の武力攻撃の発生」「被侵略国からの救援要請」「国連安保理への報告」「国連安保理が必要な措置を執るまでの間」「必要性と均衡性」の五つであり、同盟関係の存在は必ずしも必要とはされていません。ですから、理論的にはウクライナ救援のために集団的自衛権を行使する可能性はNATOにもあったわけです。にもかかわらず、かなり早い段階でアメリカはこれを否定しました。それがロシアの誤算を招いたとの説もあります。
 ウクライナ侵略の停戦の方法については、国連総会における「平和のための結集決議」(ESS)を活用すべき、との論考もあり、この点議論を深めたいと考えています。

 今年の夏はとうとうつくつく法師の鳴き声を一度も聞かないままに過ぎ去ろうとしています。「暮れてなお 命の限り 蝉しぐれ」は故・中曽根康弘大勲位の名句ですが、10日余りの短い成虫期間のうちに種族保存の目的を果たさねばならない蝉のオスは、命の限り求愛活動として鳴き続けるのだそうです。蝉たちの今後は一体どうなるのか、鳴かなかったのが私の周りだけだったのならよいのですが、とても心配になります。
 来週は9月も最終週となりますが、一年の四分の三が過ぎようとしていることに、たまらなく焦燥感を覚えます。
 皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2023年9月15日 (金)

ジャニー喜多川氏性加害問題など

 石破 茂 です。
 今回の内閣・党役員人事について、世間の評価は概ねかなり厳しいようですが、支持率の向上が政治の自己目的ではありませんし、スタートしたばかりであれこれ言ってみても始まりません。派閥のバランスを重視したとしても、年功序列だとしても、「この政策を実現するためにこの人を選んだ」ということがやがて明らかになればそれでよいのです。
 「派手さに乏しいこの内閣で解散は出来ないが、今回の人事は大派閥の意向を汲んで総裁再選を確実にするためのものであり、本格的な人事と解散総選挙は来年9月の総裁選以降になるのではないか」とか、「支持率は上がらないが、野党の態勢が整わないうちに早期解散があるのではないか」等々、永田町界隈では様々な観測が飛び交っています。真意を知る由もありませんが、すべからく政治家たる者、主権者である国民に対する畏れ(怖れ)の念だけは失ってはなりません。
 まもなく衆議院議員の任期も半ばを過ぎますので、いつ解散総選挙があってもよいように備えねばなりませんが、国民の判断を仰ぎ、信を問うのであれば、防衛費増額と異次元の少子化対策の財源だけは示さねばなりません。2017年の「国難突破解散」のように、スローガンを掲げて感情に訴える形で解散・総選挙を行うことは、与党の矜持として避けるべきものと思っております。

 ジャニー喜多川氏の性加害問題は、国際的にも極めて重大です。今年7月に来日した国連人権理事会ワーキンググループは記者会見において「エンターテイメント業界をはじめとする日本の全企業に対し、積極的に人権デューデリジェンス(強制労働などの防止に向けた取り組みの実効性や対処法についての説明と情報開示)を実施し、虐待に対処するよう強く促す」と述べています。欧米ではこのような人権侵害は重大な犯罪として加害者のみならず関係企業などの責任も厳しく追及され、加害者に口座を提供したり、融資を行った銀行が訴訟において日本円で百億円単位の和解金を支払うことに合意したケースもあり、日本とは意識が全く異なると言わざるを得ません。

 藤島ジュリー景子社長の辞任に一定の評価もあるようですが、「社長」は法的に位置付けられた存在ではなく、同氏が代表取締役に留まり、全株式を保有し続けるのであればこれは単なる偽装と言われても仕方ありません。被害者に対する金銭的支払いの額はどのように算定されるのか、行為の重大性に鑑みて時効はいかなる法理論によってどこまで延長されるべきか、ジャニーズ事務所の存続の可否、タレントの移籍に対する法的な措置等々、政治としても対処すべきと思われる課題は数多くあります。
 所属タレントであった故・北公次氏が1988年に出版した著書においてジャニー喜多川氏の性加害行為を告発した際も、文藝春秋との名誉棄損裁判で同氏の性加害行為が公に認定された際も、ジャニーズ事務所に対する忖度からなのか、大手メディアはほとんどこれを黙殺しました。これらの時点で仮に大きく報道されて社会問題化し、喜多川氏が制裁を受けるようなことになっていれば、少なくともそれ以降の被害は防げたはずですが、同事務所所属のタレントを使い続けたメディアやスポンサーの責任はどのように問われるのでしょうか。
 権力が暴走し、組織内のチェック機能(議会や取締役会など)が自己保身によって働かず、メディアがそれに対する批判を控えれば、やがて組織は決定的に崩壊し、人々が塗炭の苦しみに陥ることになります。ジャニーズ事務所やビッグモーターの問題は単なる一企業の問題ではなく、日本社会に突き付けられた問題なのだと思っておりますし、われわれ自民党も決してそうならないよう、批判や誹謗中傷にくじけることなく、内部からのさらなる改革の努力を続けていかなければなりません。

 日本食糧新聞社の業務用加工食品ヒット賞等の表彰式、ラーメン産業展、肥料商年次大会等、今週は多くの食糧関係の会合に出席致し、スピーチをして参りましたが、改めて食糧安全保障について考える機会となりました。
 自給率を計算する際の分母は、国民が餓死することのないカロリー水準におくべきものであって、大量の食品残渣が発生し、贅沢三昧とも言うべき食生活を基にするのでは指標たる意味を失います。そのような「自給率」を政策目標としている限り、食糧安保の議論自体が歪んだものにならざるを得ません。シェルター整備などの国民保護政策を十分に講じ、それを前提としていない防衛政策も類似の構造であるように思われてなりません。まだまだ果たさねばならない責務の膨大さを思うとき、自分の努力不足と残された時間の短さに、焦りが募るばかりです。

 来週は9月も後半に入ります。一年の四分の三が過ぎようとしていることに愕然とする思いです。
 まだ残暑が続いております。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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