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2021年4月16日 (金)

八頭町議会議員選挙など

 石破 茂 です。
 さる11日に、私の地元である鳥取県八頭(やず)郡八頭町の町議会議員選挙が行われ、前回4年前の無投票とは一変、定数14人に対し現職13人、新人8人が立候補する大激戦となり、現職8人、新人6人が当選する結果となりました。新人には30歳代2人と女性1人が含まれ、大幅に若返ると同時に、計4人となった女性議員の割合も恐らく鳥取県内で最高となりました。
 長く私をご支援くださった現職の落選はとても残念ですが、全体的に見れば、地方政治が大きく変わる可能性が示されたことはよかったと思います。
 日本全国1718市町村それぞれの地域の課題も、最適解も、霞が関の中央官庁で分かるはずはなく、各市町村で見出していく他はありません。
変異株によって三たび拡大しつつある新型コロナウイルスへの対応も、意図的にすら思えるほどに東京中心・東京目線になっていることは大きな問題です。
 現在の社会構造によって最も大きな利益を受けている中央の権力者や経済的権益の享受層にとっては、今の構造を維持することが最も望ましく、彼らには世の中を根底から変える動機も、今日的な利益も乏しいのであって、「歴史的な転換を成し遂げるのはいつの時代も地方の庶民・大衆である」とはそういうことであり、地方創生の主眼はそこにこそあるのだ、とつくづく思います。
 今回の八頭町議選の投票率は8年前を少し上回る71%強でしたが、もう少し高ければ更によかったと思います。
 国政であれ、地方政治であれ、独裁体制ではない民主主義下において、明確な意識をもって政治に参画する人が少ないところが発展するなどということはあり得ません。5割の得票率で当選する小選挙区で、投票率が5割とすれば、対有権者比25%の得票で当選することが出来、これによって多数党は7割前後の議席を占有することが可能となります。このことに対する怖れを我々は常に持たねばなりません。
 小選挙区制は民意の反映よりも民意の集約を重視した制度であり、これを意識して比例代表制を並立させたのですが、選挙制度の変更は容易ではないことを踏まえると、政治を変えるには投票率を上げることこそが必要です。問われているのは主権者たる国民である、という、実に当たり前の、しかし今の諦観的・冷笑的な空気の中では忘れられがちなことが結論です。

 新型コロナの感染が拡大していますが、この一年で医療の供給体制はどのように進み、治療技術はどのように進歩し、医療機関や医療従事者でどれほど共有されるようになったのか、逼迫が問題なのですから、分母と分子の両方を見なければならないのに、感染者数のみが強調される報道にはずっと違和感を覚えています。
 日本医師会や東京医師会が積極的に発言し、政府の対応について厳しい意見を述べているのに対し、日本学術会議からの発言や提言が、昨年の7月に「感染症の予防と制御を目指した常設組織の創設について」の他はほとんど見られないことは不思議なことです。日本学術会議法第2章「職務及び権限」には、同会議が政府に対して勧告することが出来ることが定められていますが、この権能はコロナ禍に際してどのように行使されているのでしょうか。学術会議法には政府は同会議に対して諮問することが出来る、とも定められていますが、今回政府からそのような諮問がなされたという話も寡聞にして存じません。
 日本医師会長も、東京医師会長も人物・識見共に優れた尊敬すべき立派な方であり、その発言は十分に傾聴すべきですが、医師会はあくまで医師の職能団体なのであって経済学や財政学の専門家集団ではありません。学術会議に対しては会員の任命拒否を巡って、特定のイデオロギーに偏っている等々の批判があり、その真偽について私は知る立場にはおりませんが、法律によって設立され、税金で運営されている以上はその役割を積極的に果たしてもらわなくてはなりません。国家国民のために役割を果たしてこそ、正当な評価がなされるはずです。
 加えて、あれほどの大議論の末に国家戦略特区として愛媛県今治市に設立された岡山理科大学獣医学部からの発信が今回ほとんど見られないことも残念なことです。国家戦略特区として認める際に内閣として閣議決定した四条件(これを意図的にか「石破四条件」と呼称する人がいますが、「安倍内閣四条件」と称すのが正確です)は①「新たな分野のニーズがある」②「既存の大学では対応できない」③「教授陣や施設が充実している」④「獣医師の需給バランスに影響を与えない」というもので、ここで「新たな分野のニーズ」として想定されていたのは本来獣医学が得手とする「新型ウイルスによる感染症や新たな人畜共通感染症」「新たなバイオテロ」等でしたし、既存の大学では対応が出来ないが、新学部が優れた教授陣を招聘し施設を設けることで対応可能となると見込まれる場合には、それがどの大学であれ、大きな期待を込めて特別に国家戦略特区として認める、というものでした。まさしく今回の新型コロナウイルス禍はこれに合致するものであり、今後、同学部から有益な発信がなされることを期待します。
 日本学術会議であれ、岡山理科大学獣医学部であれ、加えられている批判には実情を知らないままの的外れのものもあるでしょうが、それらを払拭して組織や政府に対する国民の信頼を得るためには、百万言を費やすより実績で示すことの方が有効なのだと考えます。

 ワクチンの早急な摂取体制を早急に確立すべきことは当然ですが、今後の課題は医療の垂直的・水平的な弾力性と機動性の確保、重症化に対応できる医療体制の充実、国内におけるワクチン開発の手法の整備、「ワクチンパスポート」の形式や認知方法の確立、感染症研究者に対する支援の抜本的拡充、の5つであると思われます。どの課題についても、できる限りの努力をしたいと思います。

 福島第一原発の処理水について、大阪府知事が大阪湾への放出を示唆したとのことですが、リスクを日本全体で分担すべきとの考えには賛同するものの、ロンドン条約やこれを受けた国内法からも不可能なはずで、政府としてはこれを明確に指摘しておかねばなりません。精神的には立派なことであっても、実現不可能なことを政治家が口にすることによって生じる混乱は、普天間基地の移設先を巡っての鳩山由紀夫総理の「国外、最低でも県外」発言の例からも明らかなことです。

 今週は「満州国 交錯するナショナリズム」(鈴木貞美著・平凡社新書・2021年)と「日米開戦と人造石油」(岩間敏著・朝日新書・2016年)を興味深く読みました。
 都心は小雨模様の週末となりました。皆様お元気でお過ごしくださいませ。

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2021年4月 9日 (金)

各地域のデータ分析の必要性など

 石破 茂 です。
 新型コロナウイルスの感染者数が急拡大しつつあり、第四波の到来かとも言われています。
 感染者の数を減少させること自体が最重要の目標なのではなく、新型コロナウイルスに対して弱者である基礎疾患保有者や高齢者などを重点的な対象として重症者や死亡者をいかに減らすか、日本医療の宿痾である水平的・垂直的な機動性・弾力性の欠如をどう克服するか、が解決すべき最優先の課題であると思いますが、相変わらず国民に自粛要請などの負担をお願いすべきとの論調が主流のように思われます。
 ワクチンが普及するまでの間は免疫力を維持・向上させることも必要なはずで、過度の行動抑制は逆効果を生むことにもなりかねません。「敵」の本質を見ないままに危機を強調し、国民の団結心と協調心を鼓舞し、異論を封殺・排除するような風潮があるとすれば、それはかつて戦争に突入した時とあまり変わりがない、ということになりかねないのではないでしょうか。

 「領土や領海、領空を警察権で守る」という日本独特の考えも、もはや政策論ではなく、「思想」に近いものです。「先人の知恵である世界にも稀な警察と防衛の分離」的な考えは、国内世論受けはするのかもしれませんが、グレーゾーン事態に対処することは極めて困難になりかねないのであって、領土・領海の保全が達成出来ず、多くの犠牲が生じ、国家主権であるこれらが奪われてしまった時にはもはや取り返しがつきません。その時になってどんなに悔いても遅いのです。
 国是とも言われる「専守防衛」も、「守りに徹する」というと聞こえはいいかもしれませんが、非常に困難な防衛思想であるとの認識は、もっと広く共有されるべきと思っています。
 民間人に多大の犠牲を生ぜしめた悲惨極まりない唯一の地上戦、沖縄における戦いは、持久戦のある意味での典型です。
 「専守防衛」はこの持久戦とほとんど同義になりうるので、人員・装備・弾薬・燃料・食糧・抗堪性が十分に備わっていることが絶対の前提となります。国土はアメリカの約25分の1、でありながら海岸線の総延長距離はアメリカの3倍近く、そして山が迫り平地が狭隘で縦深性に乏しい日本の環境条件を考えれば、尚更難しい防衛戦略です。それでも敢えてこれを貫く以上は、その困難性とこれに伴うリスクを国民に正確に説明するのが責任ある政府の態度だと私は思います。
 美しく勇ましい精神論だけでは日本の独立も、持続可能性も、国民の生存も守ることが出来ない時代に生きていることを我々はよく自覚しなければなりませんし、政治はたとえ一般受けしなくともこれを語る勇気を持たなければならないのだと、自省も含めて思いを強くしています。

 先日来、何度か東京都の多摩地区でお話させて頂く機会があり、いくつかの東京全域の資料に目を通しているのですが、新型コロナウイルスの人口当たりの感染者数は人口密度とかなり正の相関にあるようです。社会的距離を保つのが重要というのはそういうことなのでしょう。
 その他にも婚姻率や、昼間人口と夜間人口の差が、人口の増減率と正の相関にあります。東京都には62もの市区町村があるのですが、東京に限らず全国1741市区町村のすべてにおいて、それぞれの自治体であらゆるデータを精密に分析しなければ、日本の抱える問題の解は見出せないと改めて思ったことでした。

 先日ご紹介した東洋経済新報社創立125周年記念事業の一環である「石橋湛山と保守政治」と題する保坂正康氏、船橋洋一氏と私をパネラーとするパネルディスカッションが、4月14日水曜日19時からオンライン配信されます。保守政治とは何なのか、随分と考えさせられ、新たな気付きも多かったシンポジウムでした。視聴には事前登録が必要だそうですので、ご関心のおありの方は東洋経済新報社のホームページをご覧ください。

 昨年12月に出版されたものを今更ご紹介するのも恐縮ですが、今週読んだ本の中では「首都感染後の日本」(高嶋哲夫著・宝島新書)からいくつかの貴重な示唆を受けました。「感染者や死亡者の数に右往左往するのではなく、更なる情報の公表と精査が必要」「PCR検査を行った数と場所、感染者の年齢と病状、性別、職業などがわかればより正確なコロナ感染の経緯もわかり、これらを統計としてまとめると今より的確な対処が可能であり、単なる感染者数の公表でいたずらに危機感を煽るよりよほど科学的で合理的」「ほとんどの地方行政の首長は政府の言いなりになってしまい、独自の判断を貫くことは出来なかったが、地方を一番知っているのは地方自身であり、もっと独自の意見を持つべき」等々の見解は、まさしくその通りだと思います。

 今年の京都の桜の開花は何と過去1200年の中で最も早かったのだそうです。1200年前といえば9世紀、平安時代のことですが、大阪府立大学の研究によれば、当時の宮廷の資料に花見に関する記述があるのだそうです。確たる知見があるわけではありませんが、世界的・歴史的な気候変動が起こっているのかもしれません。そのせいもあってか体調不良が長引いておられる方も多いようです。
 寒暖差の大きい日々が続いておりますが、皆様ご自愛の上、どうかご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2021年4月 2日 (金)

独立国家、国家主権など

 石破 茂 です。
 解散を巡って発言が相次ぎ、様々な思惑が交錯して今週の永田町は落ち着かない雰囲気に包まれました。
 10月22日の任期満了という期限が迫る中、今月25日投開票の衆議院北海道第2区、参議院長野選挙区補欠選挙、広島選挙区再選挙、7月の東京都議会議員選挙、8月から9月にかけての東京オリンピック・パラリンピック、9月の自民党総裁任期満了という立て込んだ日程に加えて、新型コロナウイルスの状況が全く見通せない中、解散時期の選択肢の幅は極めて狭いのは誰が考えてもわかることです。地方を中心としてコロナウイルスの感染が再拡大しつつあり、ワクチン接種が本格的に始まるであろう時期に解散・総選挙を断行することに国民の理解を得るのは困難であろうと思いますが、主権者である国民に選択をお願いすべき案件が生ずれば、これはまた別の話でしょう。
 これまで議論する時間は十分にあったにもかかわらず、議論を先送りして事態が深刻になってしまった課題は数知れません。海上保安庁法や自衛隊法に混在する自衛権と警察権の相違点の曖昧さ、集団的自衛権のあり方を定めるための安全保障基本法、日米安全保障体制の非対称的双務性の解消、安定的な皇位継承のあり方、選択的夫婦別姓を可能とする法制等々、主権者に問うべきテーマは数多くあり、解散・総選挙は単なる政権選択だけではなく、具体的な重要政策選択の機会として活かさなければ、あまりに勿体ないと考えております。

 

 今週数度開催された、自民党国防部会・国土交通部会・安全保障調査会の合同会議において、領海の保全に関する海上保安庁と自衛隊の役割と権限についての議論が交わされ、政府に対する提言という形で一応のとりまとめが行われました。
 かつて衆議院運輸委員長を務めていた平成11年に能登半島沖不審船事案が発生してから20年あまり、自衛権の行使として武力の行使が認められる「急迫不正の武力攻撃」とまでは評価されないような態様によって我が国の領域が侵害された場合(いわゆるグレーゾーン事態)に対して、いかなる機関が、いかなる権限によって、どのように対処すべきか、現状を大幅に変更することのないままに今日まで来てしまい、これまで行政機関である国務院の中に位置づけられていた中国の「海警」が人民解放軍の傘下に入るという新たな事態に直面することとなりました。
 今回の議論の中で、海上保安庁が「領海の平穏は海上保安庁が断固として守っており、これからもそれは変わらない」「海上保安庁は中国海警を船舶数・装備・技量・士気などすべての面で凌駕している」「『海上保安庁法のいかなる規定も海上保安庁またはその職員が軍隊として組織され、訓練され、または軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない』という海上保安庁法第25条の規定は我々の誇りであり、精神そのものである」として、いかなる法改正も全く不要であると熱情を込めて主張される様(さま)には大きな衝撃を受けました。
 私は海上保安庁の職員諸官の使命感や熱情、日々のたゆまぬ努力や献身を毫も疑うものではありませんし、装備や人員の強化にも全面的に賛成です。しかし、占領下の昭和23年に制定された海上保安庁法の第25条は、彼らが精神的な拠り所とする「国家主権をあくまで警察権で守る」ことを定めたものではなく、「日本に再軍備をさせない」との当時のGHQの意向を反映させたものですし、実際に領海の保全を彼らが任務としてやっているのであれば、それを法律に明記するのは法治国家として当然のことではないのでしょうか。
 今回の海上保安庁の主張には、「軍隊(自衛隊)は戦争をする組織、警察は平和を守る組織」といった根強い反軍的な考えと、文民統制に対する強い不信が垣間見られたように思われました。もしそうだとすれば、あくまで警察権の行使である自衛隊法の海上警備行動をどう考えているのか疑問に思いますし、海上保安庁で対処できなくなったらいきなり防衛出動、ということを予定しているのかという点も疑問です。なぜなら自衛隊法には、治安出動の規定もあるからです。どの段階においても、詳細な検討とそれに基づく実際の訓練が必要です。
 当選2回の頃、小室直樹博士と色摩力夫元駐チリ大使の共著「国民のための戦争と平和の法」(総合法令・平成5年)に接しました。湾岸戦争を契機として日本の国際「貢献」のあり方が問われ、宮澤政権が「文民警察官」として警察官をカンボジアに派遣し、2人が犠牲となられた当時のことでした。独立国家とは何か、国家主権とは何かを突き詰めて考えない国は、やがてその報いを受けることになるのであり、私はそれを何より怖れています。

 

 昨1日に党本部で開催された自民党政治大学院主催の「まなびと夜間塾」では、猪瀬直樹氏を講師に迎えて「昭和16年夏の敗戦 日本人はなぜ戦争をしたか」をテーマとした有意義な講演と質疑応答が展開されました。同名の著書(中公文庫)をまだお読みでない方には、ご一読をお勧めいたします。「正確な数字が、隠蔽・改竄・破棄などされずに提供され、それを優れた者が優れた能力で分析すれば、正しい結論が得られる」「責任ある立場の者が、己の保身や自分の所属する組織の利益を公の利益に優先させれば、国は必ず誤り、無辜の民が多く犠牲となる」ということをこれほど明らかに描いた書を私は知りません。感情に流れることなく、淡々と、しかし論理明晰に描くところが猪瀬作品の素晴らしいところだと思っています。

 

 さる27日、鳥取市で開催された鳥取宇宙産業創出シンポジウムに参加してきましたが、これも中々に興味深いものでした。
 「砂の組成や傾斜が月面に似ている鳥取砂丘は月面車の走行試験に好適である」「地球から月まで1キログラムの資材を運ぶには1億円かかるが、組成が月の砂に似ている鳥取砂丘の砂を固める技術を応用すれば、月の砂で建築資材を安く賄うことが出来る」等々、理科系に全く疎い私には驚きの連続でした。昼間は110℃、夜間は-170℃という過酷な環境で、隕石も放射線も紫外線も直接に降ってくる月などにはとても住めないと思っていたのですが、日本の衛星「かぐや」が発見した月にある長い洞窟を利用すれば人が住むことも可能だそうです。
 生きている間に見ることはないのでしょうが、子供の頃に読んだ「21エモン」(藤子不二雄作・少年サンデー連載)の中の、月に旅行した主人公が「ごらん、地球の出だよ」と隣の人に語りかける場面を鮮烈に覚えています。地球の直径は月の四倍ほどなので、月から見られる「月の出」ならぬ「地球の出」はさぞ圧巻なのでしょうね。久々に日常を忘れるひとときでした。

 

 前回、まだ書店の店頭に並んでいない本をご紹介してしまい、大変失礼致しました。その本をテーマとしたディスカッションに参加するために事前に提供されたり、取材に協力した御礼や著者の依頼によって出版元から送られてきたりする場合があります。政治家の特権でも何でもありませんので、悪しからずご承知ください。

 

 今週の都心は桜が既に満開を過ぎ、花吹雪が舞いました。あと何回桜が見られるのか、そのような思いを持ちながら見たことでした。
 皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

 

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