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2022年3月24日 (木)

大国の論理、CLTなど

 石破 茂 です。
 バイデン・アメリカ大統領はプーチン・ロシア大統領を「戦争犯罪人」と断じて強く批判しましたが、国際刑事裁判所の定義のように字義通りの意味ではなく、「酷い奴」というような意味であるように思われます。相手国の指導者を口を極めて罵るのは決して珍しいことではありませんが、互いに憎悪を煽り、国内の世論を喚起していても事態が解決に向かうとはどうしても思われません。
 国際刑事裁判所(ICC)は2002年に60か国が「国際刑事裁判所に関するローマ規程」を批准して発足したもので、戦争犯罪人の定義がかなり詳細になされているのですが、そもそもアメリカはこれを批准していません。アフガニスタンやイラクでのアメリカの行為を追及された際に、トランプ政権の補佐官であったボルトン氏は「アメリカ憲法を超越した権威は認められない」としてICCを批判しましたが、その姿勢はアメリカの確信に近いものなのでしょうし、アメリカの他に、ロシア、中国、インドもこのローマ規程を批准していないことに留意しなくてはなりません。大国の論理とは往々にして実に自国中心の、かなり手前勝手なものです。
 昨日のゼレンスキー大統領の国会での演説は多くの共感を得たようですし、よく考えられたものであったと思います。この戦争を終結に向かわせるためには、一方を絶対悪と位置づけることは避けなくてはなりません。ロシア、というよりもプーチン大統領の判断が誤っていたことは論を俟ちませんが、無辜の民の人命がこれ以上失われていくことを避けるための方策を追求せねばなりませんし、ウクライナのNATO加盟を見直すことも場合によっては必要となるものと思います。国内的に絶賛を浴びるような外交姿勢や一方的な正義の主張は、往々にして悲惨な結果をもたらします。かつてソ連封じ込めを強硬に主張したジョージ・ケナンがNATOの拡大には極めて慎重であったことは、けだし慧眼であったと言うべきでしょうし、シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授の主張もリアリズムの観点から大いに傾聴に値するものと思います。

 プーチン氏は今や悪の権化のように批判され、以前はあんなではなかったとの見方も散見されますが、急に人が変わってしまったのではなく、恐らく最初からそのような人格でありリーダーだったのでしょう。これを見抜けず、過度な期待や幻想を抱いたこともまた、我々の大きな反省としなければなりません。
 相当以前の著作ではありますが「プーチンのロシア」(ロデリック・ライン、ストローブ・タルボット、渡邊幸治著・日本経済新聞・2006年)は今読んでもとても示唆に富むものです。ロシア人については「ロシアを決して信じるな」(中村逸郎著・新潮新書・2021年)がとても平易で分かりやすいものだと思います。
 学生の頃からチャイコフスキー(特に交響曲第1番「冬の日の幻想」、第4番、第5番、第6番「悲愴」)、ムソルグスキー、ラフマニノフのファンであり、ロシアを題材とした五木寛之氏の初期の一連の著作(特に「蒼ざめた馬を見よ」「赤い広場の女」)を愛読していた私は、最近相当に複雑な感慨を覚えています。

 週末26日土曜日は㈱ミヨシ産業のCLTプレカット工場竣工式・工場見学会、㈱鳥取CLT訪問・見学(午後1時半・鳥取県西伯郡南部町内)、「どんどろけの会」懇親会(午後7時半・鳥取市内)。
 27日日曜日は自民党鳥取県智頭町支部による街頭演説会・街頭宣伝活動(午前8時~午後1時・智頭町内6カ所)、鳥取・倉吉市長選開票結果報告会(午後8時以降・鳥取・倉吉市内)、という日程です。
 CLTとは直交集成板(Cross Laminated Timber)の略称で、引き板を繊維の方向が直交するように接着したパネルのことを指します。コンクリートに比べて「軽い」「強い」「工期が短い」「作業にかかる人数が少なくて済む」「工事の騒音や現場の廃棄物が少ない」などの多くの利点を持ち、欧米を中心にマンションや商業施設の床や壁に多く用いられています。
 国土の約7割が森林である日本は、森林率も森林蓄積率も世界トップクラスであるにも拘らず、大型建築に木が使われていない残念な状況にありますが、これを打開する決め手としてCLTは大きな期待を集めています。
 10年近く前より自民党で「CLTで地方創生を実現する会」の会長を務め、地方創生大臣在任中にオーストリアの現場も視察しましたが、彼我の差の大きさに驚かされたものでした。先日議連の幹部会で、東京海上日動の隅修三相談役から東京・大手町にある同社本社ビルをこの技術を活用して新築する計画が進捗中とのお話を聞き、やはり国を変えていくのは民間の活力だと痛感し、立派な経営者がおられるものだと心より敬服した次第です。

 早いもので来週からもう4月に入ります。
 皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2022年3月18日 (金)

ウクライナ情勢と拡大抑止など

 石破 茂 です。
 今週、ウクライナ情勢に関する党内会議では、「プーチン大統領の非道を許さないために、更に毅然とした経済制裁を加えるべきだ」「ロシアと敢然と戦うゼレンスキー大統領の演説を日本の国会でも(映像で)聞くべきだ」「我々日本人はウクライナ国民と共にあり、避難民の積極的な受け入れを行うべきだ」などの意見が主に出されました。
 留意点としては、ロシアをSWIFTから切り離すだけではなく、二次制裁が必要となるであろうこと(例えばロシアの銀行をアメリカが制裁対象とし、対象銀行と取引をした銀行はアメリカ国内市場でのライセンスを失う、などの仕組み)と、天然ガスの多くをロシアに依存している欧州諸国のダメージをどのように補うか、ということがあります。

 

 以前も触れたことですが、東部ドンバス地方に紛争を抱えるウクライナは、現状においてはNATOには加盟できませんし、そのことはウクライナ政府自身もよく承知していたことです。「ウクライナをNATOに入れないことを約束することが中立化であり、これが停戦の条件である」という交渉がロシアに対して有効かどうかは見通せません。
 しかし、アメリカが最初から軍事力の使用を明確に否定してしまったことが、結果的にプーチン大統領に誤ったメッセージを送った可能性は高いと言わざるを得ないのではないでしょうか。
 たしかにウクライナはNATO加盟国ではないので、「防衛する義務」はどこも負わないのですが、それがすなわち「防衛しない」ということには直結しません。湾岸戦争の際は、アメリカはクウェートと条約上の同盟関係がないにもかかわらず参戦しました。これは国連安保理決議に基づくものだった、今回はロシアが当事者なので安保理決議が出るはずがない、という方もおられますが、それでもイラク戦争のような「有志連合」の可能性はあり得ます。
 もちろん、私もこの戦争が拡大することをなんとか阻止すべきだと思っています。
 しかしウクライナが核兵器を撤去する際に交わされた「ブダペスト覚書」にはロシアと共にアメリカ、イギリスもウクライナの「安全を保障する」当事国となっています。今回、ロシアは「覚書によって負う義務は核攻撃をしないことだけだ」などという意味不明の解釈で自国の主張を正当化していますが、「安全の保障」とは一体何を意味するものだったのか、と考えると、暗澹たる思いがします。
 ウクライナを日本に置き換えてみれば、日本で核保有や核の持ち込みに関する議論が提起されているのは、ある意味当然と言うべきであって、条約や覚書の実効性は厳しく問われなくてはなりません。

 

 今週、自民党内では拡大抑止について議論する機会がありましたが、時間的な制約もあり深く立ち入ることがありませんでした。
 外務省北米局長や国連大使を歴任された佐藤行雄氏は、その著書「差し掛けられた傘」(時事通信社刊・2017年)の中で、核の傘の信頼性を維持するためには
 ① 米国が、第三国が日本を攻撃した場合には、米国自身が核報復を受ける危険を冒してでも核兵器を使用する、という強い決意を予め示すこと
 ② 日本を攻撃しようと考える第三国が、日本を攻撃すれば米国から核を含む報復を受ける、と考えること
 ③第三国が日本を攻撃した場合には、アメリカが核の使用も辞さずに反撃する、と日本が信じること
 という三つの条件が必要となる、と論じておられますが、この三条件が日・米・第三国において現在どれほど満たされているのか、思考停止に陥ることなく検証してみなければなりません。
 故・清水幾太郎教授は、著書「日本よ、国家たれ」(文藝春秋刊・1980年)の中で、日本の核保有の必要性を説いて世の囂々たる非難を浴びましたが、これももう一度よく読み直してみたいと思います。片山杜秀・慶大教授は「『日本よ、国家たれ!』この名セリフは『改憲』と『反米』と『愛国』と『核』を強力に接着する。『清水幾太郎の時代』が再び巡ってくるのではないか、どうもそんな気がする」と述べておられ、この言葉は随分と示唆的であるように思います。

 

 13日日曜日には自民党大会が開催されました。「ウクライナを支持し、ロシアには毅然と対応する」「デジタル田園都市構想を推進する」等のスローガンを強調した、参議院選挙に向けた決起大会的な色彩が濃い大会であったように思います。
 「皇位の安定的継承についての早急かつ真摯な取り組み」と、「『政治とカネ』の問題について自ら襟を正す姿勢」を示せればなお良かったのに、と感じたことでした。

 

 明日19日土曜日は親族の集まりである「盤山会」総会・国政報告会(午前11時・鳥取市内。「盤山」は亡父の雅号)。
 20日日曜日は鳥取市長選挙・深沢義彦候補予定者出陣式(午前9時・鳥取市新町事務所前)、倉吉市長選挙・広田一恭候補予定者街頭演説会(午前11時半・打吹回廊・倉吉市明治町、12時45分・JA関金支所・関金町大鳥居)ならびに街頭宣伝移動、という日程です。
 選挙区内に二つしかない市の市長選挙が同日に行われます。深沢氏は3期目の挑戦。新人の広田氏は3期12年の間、安定して誠実・実直な市政を運営された石田耕太郎市長の後継者で、鳥取県中部総合事務所の元所長です。
 両市とも、現市政を安定的に継承していただけるようにと望んでいます。
                                                                                                                   
 三連休には、「日本よ、国家たれ」「差し掛けられた傘」の他、「国際連合という神話」(色摩力夫著・PHP新書・2001年)も読み返してみたいと思っています。以前に読んだ本でも、その内容を正確に記憶していないものが多くあり、きちんと理解していなかったことを深く反省させられます。
 今日の都心は冷たい雨の降る夕刻となっています。
 明日から三連休の方も、お仕事の方も、どうかご健勝にてお過ごしくださいませ。

 

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2022年3月11日 (金)

東日本大震災・大津波・原発事故から11年

 石破 茂 です。
 東日本大震災・大津波・原発事故から11年が経過しました。当日の記憶はあまりに鮮明ですし、その後のことも終生忘れることはありませんが、総体としての記憶は間違いなく少しずつ風化するのであって、それに反比例させる形で災害のリマインドと防災教育の徹底を図らなくてはなりません。先週、サンデー毎日の企画で、地球学の権威であり京都大学における講義人気ナンバーワンの鎌田浩毅名誉教授と対談する機会を得た際にも、その思いを一層強く致しました。同教授のご著書「生き抜くための地震学」(ちくま新書)と「富士山噴火と南海トラフ」(講談社ブルーバックス)を改めて精読しなければならないと思っております。

 

 ウクライナ侵攻は今週も続き、痛ましい民間の被害が多数報じられました。ロシア・ウクライナ間の停戦交渉は、あくまで停戦交渉であり、戦争終結に向けた動きとは言えないものと思います。ウクライナのNATO非加盟、NATOのロシア隣接地域へのミサイル不配備などの条件が考えられますが、現状においてどの国がこれを仲介できるのか、ロシア・ウクライナ両国と密接な関係を有する中国はこれを担うのか、中国はそこにどのようなメリットを見出すのか、今の段階で見通すことは困難です。日本が主体的・積極的な役割を果たすべきだとの論調もありますが、それはもともと無理な注文ではないでしょうか。いかに安倍元総理、森元総理がプーチン大統領と親交が深くとも、軍事的・経済的に相当大きなディールのカードを持たなければ成果は期待できないのであり、一国の総理を務められた方々にそのような任を負わせることが正しいとは思えません。

 

 私も含めて、「ロシアの全面的なウクライナへの侵攻はないであろう」との多くの予測が外れたのは「まさかそのような非合理的な判断はしないだろう」との予測に基づくものでした。プーチン大統領の支持率が低下しつつあった要因の一つが、財政難による年金支給開始年齢の引き上げだったのですから、ロシアの国家財政的にもウクライナの併合は決して得策ではないと考えるのが従来の発想でした。
 これを教訓として、今後は経済制裁の効果も、核兵器の使用も、希望的かつ楽観的な予想は慎むべきと思います。我々が覚悟をもって厳しい経済制裁を続けたとしても効果がなく、むしろロシア国民の団結心を強める事態さえ招来しかねないことを予め承知しておかねばなりませんし、仮に小型戦術核が使用された場合の日本国民への影響を予測し、被害を最小限にとどめるため、万が一の場合に備えて避難場所やヨウ素剤・ヨウ化カリウムの確保など、現状を確認し、対処しておくべきです。防衛省などには状況を確認しており、自民党の部会などを通じて政府全体の対処を促すつもりでおります。
 プーチン大統領の侵略行為は決して許すことが出来ない暴挙、というフレーズを随分と聞きますが、ではそれをどう止めるのか、何をもって交渉材料とするのか、抑止に失敗した我々国際社会が真剣に考えなければなりません。プーチンは加齢により判断力が低下した、側近も離反して孤立化しつつあるなどという言説もありますが、数年前からロシアではスターリンの復権を企図しており、ロシア国内でプーシキンと並んで最も評価の高い人物とされつつあることを考えると、一定の計画性を感じずにはいられません。

 

 ちなみに、ルーブルの暴落を食い止めるためにロシア中央銀行は政策金利を一挙に20%まで引き上げましたが、仮に日本円にこのような事態が起きたとすれば、同様の対応は困難です。金融緩和によって日銀の当座預金残高が530兆円にも達している我が国に比して、ロシアのそれは円換算で3兆円足らずですし、国債発行額の対GDP比も日本の257%に対してロシアは18%と遥かに低い水準です。1998年に通貨危機に直面して以来、対策を講じてきたロシアとの比較は、あながち無意味ではないと思います。

 

 韓国大統領選挙では、最大野党のユン・ソギョル前検察総長が、得票率で1%にも満たない僅差で与党のイ・ジェミョン前京畿道知事に勝利し、5年振りの保守政権が誕生することとなりました。ユン氏は対日外交を国内政治に利用しないと明言しており、その言葉通りであることを心より期待しますし、岸田総理も最大限、韓国との関係改善に努められることと思います。
 ムン・ジェイン大統領は就任前「領土や歴史問題で日韓がすぐに一致することはあり得ないが、その他の問題では協力するべき」という「ツートラック政策」を提唱していたのですが、それが実現しなかったことはとても残念なことでした。北東アジアならびにアジア・太平洋地域の安全保障政策、首都への一極集中の弊害とその解消、過去に例を見ない急速な少子高齢化など、日韓が共に手を携えて解決すべき課題は多くあるのであって、このような課題については日本から積極的に呼びかけてもいいのではないでしょうか。
 今回の大統領選挙における投票率77%という結果は、韓国に民主主義が着実に根付いていることを示すものです。国の命運を主権者である国民が真剣に考えることの重要性を改めて思います。

 

 「現代ロシアの軍事戦略」(小泉悠著・ちくま新書)は今の時期、必読と思います。その他、「日本人はなぜ終戦の日付をまちがえたのか 8月15日と9月2日のはかりしれない断層」(色摩力夫著・黙出版)、「ソ連はなぜ8月9日に参戦したか 満州をめぐる中ソ米の外交戦」(米濱泰英著・オーラル・ヒストリー企画)も、今後の国際社会と日本外交の在り方を考える上において、是非とも読んでおきたい二冊です(どちらも既に絶版となっていますので、ご関心のある方は図書館などでご覧ください)。戦後日本の原点となったポツダム宣言に関して、あまりの自分の不勉強さを恥じておりますが、もう一度きちんと理解を深めなくてはなりません。
 「日本が高度の規律を維持して降伏を履行しながら、結果として卑屈で軽薄な人間集団と化してしまったのは、我々日本人が『降伏』の本質的意義、すなわち降伏の法理を正確に認識しなかったからではないかと考える」という色摩・元チリ大使の洞察は極めて深く、鋭いものです。国際法にも精通された色摩大使の一連の著作にはいつも蒙を啓かれます。
 評論家ではなく政治家なのだから本ばかり読んでいてどうするのだ、とのご指摘を頂くことも多々あり、その都度反省もさせられるのですが、知識のあまりの欠如は往々にして判断の誤りを招きかねないこともまた事実だと思います。

 

 週末は12日土曜日、「トカイナカ」自然塾で地方創生に関する講演と参加者との懇談会(午前11時・ときがわ町文化センター・埼玉県比企郡ときがわ町大字玉川)、自民党大会鳥取県連参加者との懇談会(都内)。
 13日日曜日、「NIKKEI日曜サロン」出演(午前9時半・BSテレ東・収録)、自民党大会(午前10時・グランドプリンスホテル新高輪)、「ゴー宣道場」での講演とパネルディスカッション(午後2時・ビジョンセンター日本橋・中央区日本橋室町)、という日程です。
 都心は三寒四温の一週間でしたが、春は確実に近づいており、今年の桜の開花は3月23日と予想されています。
 皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

 

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2022年3月 4日 (金)

日ソ戦とウクライナ情勢など

 石破 茂 です。
 
 「冷戦期のバランス・オブ―パワーによって封印されていた領土・民族・宗教・政治体制・経済間格差という戦争の要因が全て顕在化したのが冷戦後の時代である」というのが、私の冷戦後の基本的認識でした。同時に「抑止力の効かない相手との戦いの困難性」も指摘してきたのですが、その際に念頭に置いていたのはテロリスト集団でした。
 今回、私自身も含め、多くの予測が外れたのは、プーチン大統領に対する抑止力の認識を誤っていたからだと思います。
 2018年のテレビ番組でプーチン大統領は「ロシアが存在しない地球は考えられない」という趣旨の発言をしていましたが、今回の行動を踏まえると、かつて金正日が「北朝鮮のない地球などない方がいい」と発言した、といわれたことに重なるようにも思われます。核兵器を保有する国連安保理常任理事国であるロシアが北朝鮮のような瀬戸際外交を展開するとは、よもや考えてもみなかったことを反省しています。

 ウクライナに対するロシアの軍事的侵略を、国連総会など広く国際社会において最も強く非難するべき立場にあるのは我が日本国です。
 昭和20年8月8日、日ソ中立条約を一方的に破棄して日本に宣戦布告、翌9日から満州において軍事作戦が開始され、これは日本のポツダム宣言受諾、降伏文書への調印意思の伝達、停戦命令と武装解除後も続き、樺太の戦いでは日本軍人・民間人2000人が死亡、8月20日には樺太から本土に疎開する女性や高齢者を多く含む人々を乗せた3隻の船がソ連潜水艦によって撃沈され、1708人が死亡しました(三船殉難事件)。
 また、戦後57万5000人がシベリアに抑留され、満足な食事も与えられず酷寒と過酷な労働で5万8000人が死亡しています(これは兵隊の家庭への帰還を保証したポツダム宣言に明らかに反するものです)。
 そして今日もなお北方四島は不法占拠されたままです。
 条約を一方的に破棄し、大量の虐殺を行い、領土を不法占拠するロシア(憲法改正により、ロシアは憲法上もソ連の継承国であることが明確に定められました)の非道を、最も強く訴えてウクライナ国民と連帯するとともに、日本の主張や立場の正当性を国際社会に知らしめねばなりません。
 ソ連の働いた国際法無視・残虐非道の行いは学校でもほとんど教えてきませんでしたし、敗戦から77年が経過して記憶もほとんど風化しつつありますが、我々は今回の侵略を機にこれを学び直さねばなりません。近・現代史を学ぶことの大切さは、アジア諸国との関係だけに言えることではないと痛切に思います。

 それとは別に、今後の推移に備えるためにも、ロシア側の一連の主張には可能な限り目を通しておく必要があります。
 「NATOの拡大はNATO諸国にとっては地政学的利益であっても、ロシアにとっては死活的な問題である」というのは、ほぼその通り考えていると思ってよいのでしょう。ドイツ統一の時にNATO側から不拡大の方針が示されたかどうかについては置くとしても、当時、NATOの東方拡大に熱心であったキッシンジャーに対し、軍事戦略の大家であるジョージ・ケナンが強い反対論を唱えていたことは、今後の国際安全保障関係を考える上でも重要な点だと思われます。
 プーチン大統領の述べた「ソ連の崩壊は20世紀最大の地政学的悲劇であった」との言葉も、そのまま彼の意識の中核にあると考えていいと思います。ロシアにとって「強い軍隊」「強い指導者」「緩衝地帯」「不凍港」が必要なことは、今も昔も全く変わるものではありません。プーチン大統領の判断力に、最近よく疑義が指摘されますが、相当以前から周到に準備し、経済制裁も、国際的な孤立も織り込み済みで、敢えて今回の行動に出たという可能性も排除できないと思います。
 我々も長期戦と相当の代償を覚悟し、やるべきことを一致してやらねばなりません。

 多くの情報が交錯して、何が真実なのかを見極めることが極めて困難な時代となりましたが、イラクがクウェートに侵攻した湾岸戦争(1990年)に参戦することに否定的だったアメリカ世論が一転、賛成論に傾いたのは、下院の公聴会における15歳の少女ナイラの証言でした。
 クウェートの病院でボランティア活動に従事していた彼女は、「イラク兵は、保育器に入れられた乳児を取り出して床に投げつけて殺した」などといった残虐行為を証言したのですが、その後、彼女は駐米クウェート大使の娘であり、一度も故国に行ったことはなく、証言内容も虚偽であったことが判明しました。
 イラクの行為の非道さの象徴として原油にまみれた水鳥の写真が多く使われましたが、これも後にアメリカの攻撃により流れ出した重油によるものであったことが判明しました。
 2003年、イラクの大量破壊兵器の存在を理由としてイラク戦争が開始されましたが、これも虚偽であったことが後に判明しています。
 このように情報の操作によって世論が大きく左右されること、インターネットやSNSなどの発達によってそれがさらに飛躍的に拡大しつつあることを、ウクライナ側もロシア側も相当に留意して発信している印象があります。

 イギリスのジョンソン首相がロシアの国連安保理常任理事国解任を議論する用意があると報ぜられていますが、国連の本質を理解するうえでも有益なものと思います。
 昭和47年、佐藤栄作内閣の防衛庁長官であった西村直己代議士(内務官僚出身)が記者会見で「国連は田舎の信用組合のようなものだ。中共が入ればもっと悪くなるかもしれない。モルジブのような土人国だって一票を持っている」と発言して罷免されたことがありました。侮蔑的な発言として許されないものであることは確かですが、当時中学三年生だった私は妙にこれが気にかかったのをよく覚えています。
 「国連」について、日本人はあたかもInternational Government(世界政府)であり善意の組織であるかのような感じを抱いていますが、これはUnited Nationsを「国際連合」と訳したことにも一因があります。本来は「連合国」(第二次世界大戦戦勝連合国)であり、中国ではそのものズバリ「联合国」です。
 1939年、フィンランドを侵略したソ連は国際社会から大非難を浴びて国際連盟を除名されていますが、国際連盟の成立とその失敗、国際連合の成立(国際連盟の継承組織ではありません)とその歴史は、憲章条文の解釈と共に我々が今学んでおかねばならないことです。
 国連はそもそもの成立から集団安全保障の組織を志向しましたが、集団的自衛権の行使を基礎としながら集団安全保障的な色彩を持つようになったNATOについても、この際よく学んでおかねばなりません。「集団的自衛権を全面的に認めることはアメリカの戦争に加担する危険なもの」「アジア版NATOは中国を敵視するもの」などという今までの画一的な議論は、この際もう一度よく見直すべきです。

 2日水曜日に開催した勉強会では、私から「ウクライナと台湾」について一時間弱お話しさせていただき、その後質疑応答を行いました。58人もの議員の参加を頂き、活発な質問を頂きましたことに、心より感謝しております。水月会をグループ化した際に申し上げた政策研究の深化に向けて、さらに努力を重ねたいと思っております。

 三月となりました。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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