« 2022年7月 | トップページ | 2022年9月 »

2022年8月26日 (金)

鉄道と漁業など

 石破 茂 です。
 領土問題を所管する内閣府の入るビルの側面に掲げられていた大きな看板には、かつて「北方の領土かえる日平和の日」という標語が掲げられていたのですが、いつの間にかこれが「北方領土を想う」という意味不明の、何の意志も感じられない不思議なものに変えられていました。自民党の外交部会や国防部会で何度かこの不当性を指摘したからか、この度また元の標語に戻り、ひとまず安堵しております。
 いつ、どのような理由で「想う」となったのか、定かではありませんが、日ロ間の首脳会談が頻繁に行われるようになった時期ではなかったかと思います。2020年の本欄にも書きましたが、ある方からご指摘を頂いて以来、強い違和感を覚えてきました。領土問題が解決しない限り、平和条約は締結されないし、真の意味での平和は到来しない、という強い認識を国民が共有することこそが必要です。
 この件に関する報道が、いわゆる保守系のメディアにほとんど見られなかったことも不思議でなりません。ロシアを刺激してはならない、という忖度が働いたのだとすれば、それは本末転倒というべきものです。
 憲法9条に関するいわゆる加憲案もそうです。憲法第9条第1項と第2項はそのままに、第3項を新設して自衛隊を明記するという案は、すなわち「自衛隊は国際法的には軍隊だが国内法的には警察的な法執行機関」「集団的自衛権の全面的な行使が憲法的に認められないので、外国(米国)の軍隊の駐留を条約上の義務として受け入れる」という、独立主権国家としては誠に相応しくない現体制を、日本国民の意思として固定させてしまう、ということになりかねないのですが、この観点からの議論がいわゆる保守系のジャーナリズムから出てこないことをとても奇異に感じます。北方領土の件も、これと似たような構図なのかもしれません。プーチン大統領は北方領土の議論の際、米軍の駐留を是とする日本について「ほんとうに独立主権国家なのか」という疑義を提起したと聞いています。そのような発想だからこそ、ウクライナ侵攻という暴挙に出たとも言えますが、ある意味で本質を突いているといえるでしょう。

 ウクライナに関する報道もやや少なくなってきたように思われますが、一刻も早い停戦に持ち込むべきだという思いは変わりません。まずは人道措置、そして停戦、停戦監視にこぎつけて、はじめて「戦後賠償」や「戦争犯罪」の問題に取り組むことができるのでしょうが、あらかじめそこまで考えておかねば、どのような形で停戦できるのか、も導き出されないのでしょう。日清戦争、日露戦争、日中戦争・太平洋戦争(大東亜戦争)、ベトナム戦争等々において、どのような処理がなされたのか、よく資料に当たってみたいと思っております。

 安倍元総理の国葬について、世論も分かれているようですが、旧憲法下において行われた国葬が、ただお一人の主権者であった天皇陛下からのご下賜によるものであったことと比較すれば、現行憲法下においては主権者である国民の意思によるべきものであることが求められます。この観点からは、閣議決定のみならず、国民の代表者としての国会の議決を経ておいた方がよりよかったように思います。
 吉田茂元総理の国葬においても賛否両論があったためか、当時の佐藤内閣は国葬後に法整備の必要性について言及していたのに、これもまた先送りにした結果、今日の状況を招来してしまったことは、極めて痛恨事でした。

 自民党として、所属議員に対して今までの旧統一教会との関係について悉皆的な調査を行い、旧統一教会と「絶縁宣言」を行うことは、可及的速やかに行うべきことと思います。その際、国会議員に限るのか、統一地方選挙を控えて、地方議員にまでその範囲を広げるのかはかなり悩ましい問題ですし、一般の党員をどう取り扱うかも深刻かつ複雑な問題となります。現在の自民党の党員資格は「18歳以上の日本国籍を有する者」となっているはずですが、これにさらなる要件を加えるべきか。議論を突き詰めるとこのような問題にも逢着するように思われます。

 先週21日日曜日、東京ビッグサイトで開催された「国際鉄道模型コンベンション」で「令和鉄道放談」と称するトークショーに前原誠司議員と参加して参りました。「乗り鉄・呑み鉄・客車派」の私と、筋金入りの「撮り鉄・SL派」である前原氏とは全く流派が違うのですが、政治の話を一切抜きにした、楽しいひとときでした。インターネットで傍聴記もアップされておりますので、鉄道好きの方はご覧になってみてください。
 昨日は同じくビッグサイトで開催された「ジャパン・インターナショナル・シーフードショー」(大日本水産会主催)に行ってまいりました。排他的経済水域は世界第六位、その海水の体積は世界第三位、生息する魚種は三千種以上と、日本の水産業は大きなポテンシャルを持っているのですが、漁獲量は最盛期の三分の一に落ち込んでいるのが現状です。漁業者の所得向上のためには適切な資源管理、高付加価値化、経費削減が必要で、スマート水産業の普及と輸出の促進が大きなカギとなります。この観点から大きな示唆を得られた貴重なひと時でした。

 今週は「鉄道復権」(宇都宮浄人 関西大学教授著・新潮選書・2012年)、「国鉄」(石井幸孝 元JR九州会長著・中公新書・最新刊)、「新中国論」(野嶋剛著・平凡社新書・2022年)の三冊をとても面白く読みました。
 残暑厳しき折、どうかご健勝にてお過ごしくださいませ。

| | コメント (21)

2022年8月19日 (金)

空気と議論など

 石破 茂 です。
 東京五輪・パラリンピックでの贈収賄についての捜査が進み、メディアからは「商業化されたオリンピックの構造的な問題が問われている」風な指摘がなされていますが、正直、何を今更、という気がしてなりません。
 大手新聞社やテレビ局もスポンサーとなったり、放映権を手にしていたところがあるのですから、商業化の一翼を担っていたと言う他はありませんし、彼らに開催に批判的な主張が出来たはずもありません。五輪は「皆が楽しみにしていた」のであり「大きな感動を有り難う」だったのであり、これを批判する立場の者はほとんど「非国民」のような扱い、ほとんど大政翼賛的、ではなかったでしょうか。「復興五輪」と銘打つのなら、なぜ被災地の東北で開催されなかったのかもよくわかりませんが、「何かがおかしい」という声は徹底して無視されたように思います。
 決定した以上、開催都市やその所在国として最低限、テロの発生や感染症の拡大を断固防いで実施するという責任は果たさねばならなかったのですし、それは立派に成し遂げられたのですが、その任に当たった人々の多大の労を多とすることとこれとは別の問題であり、混同してうやむやにしてはなりません。札幌冬季五輪の前に、きちんとこの問題には決着をつけなくてはなりません。「皆一生懸命にやったのだし、終わったことをとやかく言うべきではない」との姿勢は、敗戦後の日本の姿と二重写しになるように思われます。
 すべては空気で決まり、議論を嫌うのは日本の特性なのかもしれませんが、これを今改めなければ必ず同じ轍を踏むことになります。
 お盆中、久しぶりに「日本海軍400時間の証言」(2009年製作・NHKオンデマンドで視聴可能・単行本は新潮社刊)を見直してみたのですが、個の論理や現在の利益が全体の論理や後世の利益に優先し、誰も責任を取ろうとしないままに破局を迎える構図は、今もほとんど変わっていないように思います。

 旧統一教会をめぐる議論も拡散気味で、収斂の方向性が見出せません。自民党として旧統一教会との絶縁を宣言すると仮にしたとしても、それは単に表層的なものに終わるのではないか。「信教の自由」は内心の自由であり憲法上もっとも重きを置かれる価値の一つである以上、信者自身が心からその教義を信じていた場合に、脱会を強制することで得られる保護法益は何であり、その優劣はどのように考えるべきか。「『カルトの自由』はない」と言うのは簡単だが、では「カルト」をどのように定義し、それをどのように規制するのか。
 旧統一教会の教義についての知識は乏しいのですが、巷間言われているように「日本は韓国に対して悪しき存在(エバ)なのだから、正しい韓国(アダム)に対して『貢ぐ』のは当然だ」というのが教義であれば、わが国において「真正保守」を自称する人々が統一教会に賛同的な立場をとってきたのは何故なのか、ここもよく理解が出来ません。宗教法人法の改正も含めて、もう少し良く考えてみたいと思います。
 
 ウクライナ問題につき、ウクライナ人の政治学者であるグレンコ・アンドリー氏の著作、「プーチン幻想」(2019年・PHP選書)、「NATOの教訓」(2021年・同)、「ロシアのウクライナ侵略で問われる日本の覚悟」(最新刊・育鵬社)を通読してみました。部分的な疑問はあるものの、おおむね正鵠を射ているように思われます。どれも容易に入手できますので、ご一読をお勧めいたします。今週直接講演を聞く機会があり、NATOに加盟する際の憲法上の論点についていくつか質問をしてみたのですが、この点ももう少しよく詰めてみたいと思います。
 
 週末は土曜日に福岡、日曜日には東京・有明と溜池山王でパネルディスカッションにパネラーとして参加する予定です。
 台風一過とは言うものの、爽やかな初秋とは程遠い今週の都心でした。急激な豪雨の被害に遭われた方々に、心よりお見舞いを申し上げます。
 皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

| | コメント (22)

2022年8月 6日 (土)

台湾訪問とその後

 石破 茂 です。
 旧統一教会と政治との関わりについて今週多くの議論があり、私自身もご指摘とご叱正を頂いております。事実関係については既に報道に公開したとおりであり、選挙の際のボランティアによる支援や集票活動など一切の関わりは全くありませんが、自民党として所属全議員に対して今までの関係を調査・公表し、今後一切これを断ち切るとの宣言を行うことも検討されてしかるべきと思います。
 ただし、合同結婚式やその商法が司法の場で違法と判断された旧統一教会についてはそのような対応をするとしても、その他の団体に対して明確な基準なしに政治との関係を問題視する方向に拡大していくことには、憲法の信教や思想信条の自由との関連から、難しい問題があるように思います。先般のあるテレビ番組で共産党の小池晃議員が「信教の自由はあってもカルトの自由はない」「基準を設ける必要はない」と主張しておられましたが、一見聞こえは良いものの、かえって恣意性や法的不安定性を招きかねないものと思いました。

 

 安倍元総理の国葬について、国論が二分するような状態は決して良くありません。今後国会の場で、これを決断した総理ご自身から誠心誠意のご説明をいただき、多くの国民に共感していただくべく最大限の努力をしていただけるものと信じています。
 戦前の国葬は、主権者であった天皇陛下から賜るという形でした。ですから、現行憲法下においては主権者である国民が判断すべき、具体的には司法・立法・行政の判断が一致することが望ましい、との意見は、今後の国葬の在り方を決める上において大いに傾聴に値するものだと思います。本件については「国葬の成立 明治国家と『功臣』の死」(宮間純一中央大学教授著・勉誠出版・2015年)が詳しく、週末によく読んでみたいと思っています。

 

 先月27日より30日まで、超党派の「日本の安全保障を考える議員の会」のメンバー4名で台湾を訪問してまいりました。蔡英文総統、頼清徳副総統、蘇貞昌行政院長をはじめ、立法院長、外交部長、国防部長など、当方が会談を希望したすべての方にお会いでき、それぞれ単なる表敬にとどまることなく、かなりの時間をとった有意義な意見交換をすることができました。台湾政府や議会、政党関係者の誠心誠意のご対応に心より感謝致しております。
 会談の内容を詳らかに申し上げることは控えますが、お話しさせていただいた方すべてが、一切ペーパーを読むようなことをせず、自身の言葉で論理的に熱情を込めて語られたことは極めて印象的でした。
 学者出身の蔡総統からは、極めて物静かで理知的な雰囲気と、その奥に秘めた強い信念を感じました。「国民が自分の国を守る強い意思を持たなければ、どの国も助けに来るはずはない。ウクライナから我々はそれを改めて学んだ」との言葉を、我々もよく嚙み締めなければなりません。
 台湾における新型コロナ対策に大きな力を発揮された内科医出身の頼副総統は、次期総統候補の筆頭ともいわれる方ですが、やはり高い見識と深い知識、静かな情熱をお持ちでした。
 これまで外国要人と数多く会談をしてきましたが、何度でも会って話をしたい、というケミストリーが合う方と面識が持てることは、背負っている国益や利害の相違があってもとても大切なものです。日台間に国交がない以上、政府間の協議には自ずから限界がありますが、そうであるだけに政党や議員の果たすべき役割は今日の情勢に鑑みて極めて重いと考えます。

 

 ペロシ米国下院議長が訪台し、これに中国が強く反応する事態となっています。
 1995年から1996年にかけてのいわゆる第三次台湾海峡危機において、台湾の民主的選挙に対する恫喝として中国が台湾周辺にミサイルを撃ち込み、これに対してアメリカは空母二隻を急派して、軍事介入する意図と能力を示し、その時にアメリカとの軍事力の差を痛感したことから、中国はその後海軍力の増強に邁進してきました。
 今秋に共産党大会を控え、三選を企図する習近平体制としてはここで事態を決定的に悪化させることは望まないのではないかと思いますが、予断を許しません。
 今回、中国が我が国の排他的経済水域にミサイルを着弾させたのは看過出来ない事態であり、断固として抗議すべきは当然ですが、国連海洋法条約上、公海上の訓練は原則として認められています。EEZにおける経済的権益に留意しなければいけないという趣旨の規定はありますが、「公海自由の原則」をあえて無視する中国と同じ行動を我が国がとるようなことがあっては本末転倒です。中国は武力戦のみならず、「三戦(輿論戦・心理戦・法律戦)」すべてにおける様々な作戦を周到に準備しているに違いなく、これを凌駕する論理を我が国も明確に構築し、今後に備えなくてはなりません。

 

 今日は比較的涼しいものの、今週の都心は酷暑と雷雨に見舞われました。
 大雨で被災された方々にお見舞いを申し上げますとともに、復旧に当たられておられる方々のご労苦に感謝申し上げます。
 皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

 

| | コメント (24)

« 2022年7月 | トップページ | 2022年9月 »