« 2022年11月 | トップページ | 2023年1月 »

2022年12月23日 (金)

統帥権干犯問題など

 石破 茂 です。
 わずか一週間前の安全保障三文書改訂を巡る議論の白熱がまるで嘘であったように感じられるほど、永田町は静かな一週間でした。視聴率が取れないのか、購読部数が伸びないのか、メディアも取り上げる頻度が落ちてきたように思います。やはり安全保障は人々の関心を呼ばないテーマなのでしょうか。
 常套句となっている「日本を取り巻く安全保障環境は極めて厳しい」「今日のウクライナは明日の台湾であり、台湾有事は日本有事」も、その内容をよく検証しなくてはなりません。脅威とは相手の意図と能力の積なのですが、相手方の意図は奈辺にあり、陸海空の能力はどれほどであり、それはどのように運用され、その際に同盟はいかに機能するのか等々を精密に分析しないままに、ただいたずらに危機感だけを煽ることは厳に慎まなくてはなりません。

 

 戦後日本においては、本来あるべき文民統制が十分に機能していないためにこのようなことが起こるのだと思っています。
 かつて軍人が政治に介入したために国を誤った例として統帥権干犯問題が取り上げられますが、軍の作戦行動である軍令を司る統帥権が独立していなければならないのはむしろ当然のことであり、軍事の素人である政治家が作戦に介入することがあってはなりません。昭和5年(1930年)のロンドン軍縮会議の際、艦艇保有量の制限を内容とする条約に不満を持つ海軍内の強硬派勢力が野党政友会(犬養毅、鳩山一郎など)や民間右翼、マスコミと連携し、「海軍軍令部の承認を得ない条約の調印は天皇の統帥権を侵すものである」と批判して倒閣運動を展開したのですが、軍の編成や管理などを司る軍政は軍令である統帥権とは何ら関係のないものであって、条約の調印を統帥権干犯とする論はためにする批判であったと思われます(「憲政の神様」と称される犬養毅や、大政翼賛会に抗った鳩山一郎などの政党政治家が、倒閣のためにこの立場にあったことは意外です)。「軍部が統帥権の独立を唱えたので国を誤る結果となった」とするのは誤りで、総理大臣が統帥権を持っている現在の体制の方がよほど危ういと言わねばなりません。保守の論客であった故・吉原恒雄拓殖大学教授は「統帥権の独立を軍による諸悪の根源視したため、現在は自衛隊を政治の従属物視し、内閣総理大臣に統帥権をも付与している。このことは自衛隊を一党一派の私兵化する危険をはらんでいる」と論じておられましたが(「国家安全保障の政治経済学」・泰流社・1988年)、まさしくその通りです。
 制服自衛官が国会で答弁しないことをもってして「これこそが平和の証」とする向きもありますが、これも決定的に誤っています。私の知る限りこのような国は日本だけですが、これでは立法府による文民統制など出来るはずはありません。国際的な軍事情勢、軍の戦略や運用構想、国際法の適用の在り方、兵器の性能や価格等々、本来これらに一番知識を持たねばならないのが実際に戦う自衛官たちであり、彼らから国会の委員会で現況を聞くのが納税者の代表である国会議員の務めです。自衛官もまた、議会で質され、説明責任を果たすことによって大きく意識が変わっていくはずです。国防は秘密が多いので議会答弁に馴染まない、などというのは単なるエクスキューズにしかすぎません。秘密会の開催を含む議事運営は委員長をはじめとする議員が負うべき責任です。

 

 ヒトラーやナチスに傾倒し、駐独武官や駐独大使として日独伊三国同盟の締結の立役者となった陸軍軍人(最終階級は陸軍中将)・大島浩大使の反省から、在外公館に勤務する自衛官は外務大臣の指揮下にある外交官として位置付けられていますが、これが情報収集に大きな支障となっていることも否めません。どの国の在外武官も国防大臣の指揮下にあり、だからと言ってこれが外交の一元化に反する、などという話は聞いたこともありません。軍法会議の不存在もそうですが、戦前の「反省」から作った、イメージに基づく摩訶不思議な制度がどれほど日本人の安全保障観を独特なものにしてしまったのか、この問題の根は存外深いように思えてなりませんし、単に憲法に自衛隊を明記すれば済むような問題では決してありません。再び日本を誤った道に歩ませることがないよう、より一層学び、努力をせねばと思っております。

 

 昨22日は、私が会長を務める自民党ユニバーサル社会実現推進議員連盟の総会が開催されました。我が国が障害者権利条約を批准し、発効したことにより、様々なハンディキャップを有する方々が、有しない方々と同じように生きていく権利を有し、国はこれに応える義務を負うことになったのですが、駅などの公共施設のバリアフリー化など以前と比べて相当な進捗をみてはいるものの、未だ多くの面で課題が山積しています。衆議院運輸委員長在任中、車椅子に乗って羽田空港から京浜急行で品川駅まで出て、品川プリンスホテルまで行くという体験をしてみて、実際の困難さを初めて知ったのですが、歩行に限らず、多くのハンディの体験をすべての教育現場で実施すべきという年来の主張も私の努力不足でなかなか叶いません。文科省も随分と力を入れてくれてはいるのですが、さらに力を尽くさねばと反省しております。
 ベビーカーに赤ちゃんを乗せた女性や妊娠中の女性が電車に乗って周りの乗客から非難の眼で見られるような社会も明らかに間違っています。綺麗事を言うようで恐縮ですが、弱い立場の人に対する思い遣りを欠いた社会は、結局は脆弱で持続可能性のない社会なのではないかと思っております。明日のクリスマスイブを前に、自分の至らなさばかりを痛感しています。

 

 元陸将補の松村劭(つとむ)氏が著された「世界全戦争史」(エイチ・アンド・アイ刊・2010年)は2700ページ近くにもわたる大著です。いまだに「積ん読」状態であることを恥じております。いつかは読んでみたいものだと願っておりますが、自分に残された時間がそうは多くないことに焦燥感を感じています。

 

 昨日よりクリスマス寒波が襲来しています。統一地方選挙の候補者選定で明日は地元へ帰る予定ですが、陸路・空路共にダイヤが大幅に乱れており、どうなるのか相当に気がかりです。
 皆様どうかご健勝にてお過ごしくださいませ。

 

| | コメント (11)

2022年12月20日 (火)

イシバチャンネル第百二十九弾

イシバチャンネル第百二十九弾、今年1年を振り返って」をアップしました。

是非ご覧ください

| | コメント (2)

2022年12月16日 (金)

自民党税調など

 石破 茂 です。
 自民党税制調査会(以下「税調」と呼びます)は自民党の中でも最も権威と伝統のある組織の一つで、ある意味最も自民党らしい存在かもしれません。
 中曽根内閣の売上税構想が頓挫し、竹下内閣において新たに消費税構想が議論された際の光景を鮮烈に覚えています。消費税を内税にするか外税にするかで、「負担感が消費者に実感されにくい内税にすべき」との発言が相次いだ時、税制調査会長であった山中貞則先生が「絶対に内税は認めない。外税にして消費者に負担を実感してもらわなければ、税の使い方もいい加減になってしまう。そんなことは決してあってはならない」と仰ったのを聞いて、当時当選一回生だった私は心から感激し、山中先生は本当に偉い方だと思ったものでした。すでに自民党の大重鎮であられた先生は、我々二代目議員が恐る恐る発言するのを聞かれて、「君の親父は良く知っているが、君よりもっと立派だったぞ。よく勉強しなさい」などと言われ、恐れ入りながらもどこか嬉しく思ったものでした。
 暮れの税制改正時に開かれる税調の小委員会はとても政策の勉強になる場でしたが、租税特別措置法の改正に関する議論は「公平・簡素・中立」を旨とする税の基本理念に反するような思いがして、いつしか足が遠のき、当選五回以降はほとんど顔を出すこともなくなりました。
 今回、防衛予算の増額分の一部を増税で賄うべきか否かという税調の議論に久々に参加したのは、これを税によらず国債で賄うべきとの意見が多く出されていることに危惧を抱いたからに他なりません。
 防衛費について、陸・海・空各自衛隊の要求をそのままホチキスでとめたようなものではなく、運用を前提とした統合的なものかどうか、内容の厳しい精査は不断に行われなくてはなりません。いままで陸上自衛隊のヘリコプターAH-64D(アパッチロングボウ)、海上自衛隊のミサイル艇1号など、導入にあたってもっと精緻な検討が必要であった装備は多くありますし、世界的名機であるⅭ-17輸送機など、より安価でより簡易に調達できたはずの装備を無理に国産にして納税者の負担を増やした例も少なくはありません。ライセンス生産を含む国産の車両や戦闘機の価格が国際価格の数倍することも、その理由もきちんと説明すべきです。

 

 世の中の方々が、ロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにして強い不安を抱き、「今日のウクライナは明日の台湾」「台湾有事は日本有事」との論説に共感し、防衛費の増額に理解を示されるのは当然ですが、そうであるだけに我々政治の任にある者はこれに安易に乗ずることがあってはなりません。
 冷静に内容を精査した上で、安定的な財源はやはり法人税を主体にして求めるべきです。
 安倍内閣では「日本を企業が最も活躍しやすい国にする」として法人税を軽減してきましたが、これが賃上げや設備投資に回ることはほとんどなく、企業の地方移転も進まず、名だたる大企業が莫大な利益を上げながら法人税を減免され、内部留保が積み上がった、というのがその後の現実でした。
 税は「誰が受益者か、誰が負担する能力を持っているのか」を考慮して決せられなければなりません。
 国の独立と平和が守られることの第一義的な受益者は今を生きる我々ですが、将来の国民にも効果は及ぶものであり、税の応能負担は、憲法の要請する公平の思想に沿ったものです。その点から、利益を上げ、円安の恩恵を享受している輸出中心の大企業などに負担を求めることは妥当なものと考えます。「企業の賃上げや設備投資の意欲を削ぐものだ」との意見もありましたが、昨日の税調で宮沢会長が「自分が経産相当時、法人減税を実現させたが、賃上げも設備投資もほとんど進まず、大きく失望した」と述べられていたのは誠に示唆的でした。
 復興税はこれを防衛費の財源として流用するのではなく、あくまで所得税から求めるという構成ですが、復興に遅滞が生じないことと、復興税自体は税率の引き下げと実施期間の延長がセットになっていることを丁寧に説明すべきです。
 たばこ税は「反発が少なく取りやすいところから取る」との考えによるもので、税の負担の公平性からは疑問なしとしません。たばこ税は国税と地方税を合わせて2兆円という大きな財源ですが、このかなりの部分が旧国鉄や国有林野事業の負債の返済に充てられているのも同様です。

 

 先ほどの自民党総務会において、新たな防衛力整備の方針が了承されました。昨日までの熱気が嘘のように、マスコミの注目もなく、何の異論もない静かな光景でしたが、「日本に対する脅威の本質とは何か」「反撃力とはいかなる抑止力か」「その発動はいかにして行われるか」「そのために本当に有効な兵器は何か」「日米同盟の拡大抑止力を強化するために共同の司令部が必要ではないか」「より対等な日米同盟のためには地位協定の改定が必要ではないか」等々の論点は積み残されたままです。引き続き感情論によらない精緻かつ早急な議論が必要です。「まずは外交努力を」という意見は確かにその通りですが、パスカルが語ったとされる「正義なき力は暴圧であり、力なき正義は無効である」というのも一面確かな真実です。

 

 今週は「第三次世界大戦はもう始まっている」(エマニュエル・トッド著・文春文庫)から多くの示唆を受けました。トッド氏の人口減少に対する危機感や、独立主権国家の在り方についてはかねてより共感しております。
 年末年始には時間を見つけて「戦争はいかにして終結したか」(千々和泰明著・中公新書・2021年)、「ウクライナ戦争」(小泉悠著・ちくま新書・新刊)、「日本の近現代史述講 歴史をつくるもの 上・下」(坂野潤治他著・中央公論新社・2006年)、「統一教会 何が問題なのか」(文藝春秋編・文春新書・新刊)などを読みたいと思っています。
 計画はいつも気宇壮大なのですが、あまり実現したためしはありません。夏休みに膨大な本を読む計画が挫折した受験生を描いた柏原兵蔵の「短い夏」の最後の一節をいつも思い出します。夭逝した芥川賞作家・柏原兵三(1933~1972)。「短い夏」の姉妹作「夏休みの絵」や芥川賞受賞作「徳山道助の帰郷」、「独身者の憂鬱」などはとても好きな作品でした。
 今週の都心は寒い日が続きました。今年もあと二週間余り、皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

 

| | コメント (19)

2022年12月 9日 (金)

亡父の読書など

 石破 茂 です。
 安全保障三文書の改訂も最終段階に入り、今週は関係部会・調査会の幹部会や全体会議が何度か開催されました。公明党との協議もあり、私の意見が全面的に反映されるなどとは当然思っておりませんが、「統合幕僚監部に防衛力整備部門を創設すべき」という二十年来の主張は今のところ明文に記してもらえそうにはありません。しかし、陸・海・空の三自衛隊がそれぞれに要求する装備の総和が全体の最適装備なのではない、運用が統合であるのなら防衛力整備も統合でなされなくてはならない、というのはかなり根源的な問題だと私は思っております。

 

 イージス・アショアの代替についても、議論の方向はおかしなままです。ミサイル防衛能力を持ったイージス艦を2隻、24時間365日展開させている負担があまりにも大きい、だから陸上にシステムを置き、陸上自衛隊に運用してもらおう、というのがイージス・アショアの構想でした。「迎撃ミサイルのブースターが落下する危険がある」との摩訶不思議な理由で計画がキャンセルになったとしても、当初の海自の負担は変わっていないのですから、「ミサイル防衛任務艦」なるものを建造して逆に負担を増やすようなことになるのは全く理解が出来ません。
 この「任務艦」はまだ構想段階ということですが、一部報道によれば、基準排水量1万9950トン、全長210メートル、全幅40メートルの巨艦で、建造費はイージス・アショアを上回る4000億円、これを2隻建造すると言われています。速度も遅く、対潜水艦能力もない、なので洋上に進出した際にはこれを護衛する潜水艦やイージス艦が必要となるはずで、それらの艦や人員は一体何処から捻出するのでしょう。「令和の戦艦大和」と揶揄する向きもありますが、私は「令和の空母・信濃」になることのないよう、細心の注意が必要だと思っています(不完全なままに就役した世界最大の空母・信濃は、昭和19年11月29日、横須賀から呉へ回航する初航海で米潜水艦の攻撃を受けて沈没、世界軍艦史上最短命の14日間の生涯となりました)。
 大和型戦艦は極秘裏に建造され、多くの国民は戦後までその存在すら知りませんでした。計画を察知されないために帝国議会に提出された予算案では駆逐艦の建造費として計上され、納税者の知るところともならなかったそうですが、今の時代にそのようなことはあり得ません。
 要は我々納税者の代表たる議員のチェック機能が十分に機能していないということであり、「自衛隊の制服組が国会で一切答弁しないことこそが平和国家日本の証である」というような根本的に誤った考えを流布してきた勢力の姿勢も極めて問題です。文民統制の主体であり、納税者の代表である国会議員と制服組が国会の場で議論しなくて、なにが文民統制なのか。機密の漏洩を危惧するのであれば、罰則を伴う機密保護の体制を強化するとともに、憲法に定められた国会の秘密会を本来の形で運営する体制を整えるべきでしょう。

 

 ご自身が日中戦争に従軍された故・田中角栄元総理は生前、「戦争に行ったヤツが国の中心にいる間は日本は大丈夫だが、そうでなくなった時が怖い。だからよく勉強してもらわなくてはならない」と語っておられたそうですが、まさしくそのような時代になったのでしょう。
 昭和32年生まれの私も、勿論戦争に行ったこともなく、被災した経験もありませんが、陸軍司政官としてスマトラに赴任していた亡父・石破二朗が強烈な反戦論者であった影響は強く受けています。彼は同時に「人間・石破二朗として天皇陛下ほど誇りうる方はおられない」と語っていた、と伝えられる天皇崇拝者でもありました。亡父は戦争について語ったことは一度もありませんでしたが、私が中学に上がると吉村昭の「零式戦闘機」や「戦艦武蔵」、江藤淳やイザヤ・ベンダサンの著作などを黙って渡してくれるような人でした。大学に進学した際に何を読んだらよいかを尋ねた時、「漱石と鴎外は全部読め。あとは読まなくてもよい」と言ったことも強烈に印象に残っています(実は、父が遺した鴎外全集ははまだ三分の一も読めていません)。年が明ければ父の享年まであと7年、自分の内容の希薄さに、焦燥感と絶望感を強く感じる今日この頃です。

 

 今週は「小室直樹の学問と思想」(橋爪大三郎・副島隆彦の対談、ビジネス社・2022年)を面白く読みました。小室直樹博士はやはり端倪すべからざる大学者だったのだと改めて思わされます。「日朝首脳会談20年 失われつつある東アジアの展望」(田中均・元外務審議官インタビュー「世界」2023年1月号)は、短いながらも本質を鋭く突いた記事でした。是非ご一読くださいませ。
 明日10日土曜日は、極めて異例の衆参の委員会と本会議が開かれます。国会会期末とはいえ、長い議員生活でもほとんど例のない異例の日程で、何が背景にあるのかよくわかりませんが、何かが本質的に変わりつつあるような思いがしてなりません。面白おかしく解散・総選挙や内閣改造が取り沙汰されていますが、国家国民のために何か意味があるならともかくも、今の時点でそのようなことがあるべきだとは全く思いません。

 

 都心は寒い一週間でした。皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

 

| | コメント (12)

2022年12月 2日 (金)

三文書改定など

 石破 茂 です。
 「安全保障三文書(国家安全保障戦略・防衛大綱・中期防衛力整備計画)」の改定に併せて、防衛政策の見直しが議論され、「有識者会議」の報告書も公表されました。総理大臣はこれについて「内容・予算規模・財源を一体的に示す」との「三点セット論」を述べておられたはずなのですが、先月28日に財務相と防衛相に対して「補完する経費も含めて安全保障関連費を2027年度に対GDP比2%とするように指示した」とのことで、これらをどう整合的に理解すればよいのか、悩ましいところです。
 必要なものを精緻に積み上げた結果が対GDP比2%を超えたとすればそれはそれで構わないのですが、内容も財源も示さないまま、まずは金額ありきだという指示だとすればこれは明らかにおかしい。「補完する経費」とは一体何なのか、今の時点では全くわからない。「海の警察組織」である海上保安庁の経費を含めるなら、警察の経費も含めなければ理屈としては合いませんし、国土交通省所管の空港や港湾の整備はたしかに防衛に寄与するところも大きいのですが、これを「安全保障関連費」として位置付けるのもいささか無理のある議論です。
 財源論も、「国債か、増税か」との二極論に分かれてしまっていますが、本来は基幹三税で賄うべきものです。スウェーデンは酒税・煙草税・銀行税を財源とするようですが、このやり方には負担の公平性の議論が残るのではないでしょうか。
 基幹三税のうち、消費税はその使途が社会保障目的に限定されており、逆進性も強く持つことから除外するとすると、残りは所得税か法人税ということになります。安全保障は国家の根幹であり、これを安易に国債で賄うことは、国民の安全保障に対する意識を弛緩させることにつながりかねません。ドイツも増額分は国債で賄っている、と言いますが、財政事情は日本よりはるかに健全で、基金を造成するとの手法も安易な国債論とは異なります。
 大切なものは決してタダではない、フリーランチなどは存在しない、というあまりにも当たり前のことを、政治は語らねばなりません。人口の激減が現実となっている我が国において、安易な国債発行は、次の世代からの搾取を意味します。赤字国債発行の原則禁止を定めた財政法第4条が、戦時国債を乱発し国民に塗炭の苦しみを強いた先の大戦の反省から生まれたことも、今一度想起すべきです。
 このような議論が積極財政論者から大変な反論を浴びることは必定ですが(「正論」2023年1月号「財務省とメディアの罪」収録の諸論考等)、経済の成長は財政政策に偏重して語られるべきものでは当然ありません。この点、「緊縮財政で景気がダメになったのではなく、景気がダメなので積極財政を行ったにもかかわらず、効果がなかったというのが実態」であり「財政出動をしても効果がないほど低成長体質が深刻であることを意味している」と説く加谷珪一氏の論はなかなかに示唆に富むものです。同氏の論は「国民の底意地の悪さが日本経済低迷の現況」(2022年・幻冬舎新書)に述べられておりますが、新たな気付きを多く得た好著でした。

 議論が偏った装備品に集中しがちですが、予備役(予備自衛官)の確保、医療・衛生の体制整備、掩体(シェルター)の具備等々、継戦能力を保持するための施策も、この際きちんと整備充実すべきです。「反撃能力が不要だとは言わないが、その前にやるべきことがある」とする香田洋二・元自衛艦隊司令官の主張(「正論」2023年1月号)に、我々は真摯に耳を傾けなくてはなりません。日米同盟が効果的に機能するためには、常設の日米統合司令部の創設も必要不可欠です。この創設は極めて大きな抑止力となるものであり、米国の態度を忖度するのではなく、日本側から提起しなくてはならないと考えております。年末に向けて、まだまだ詰めなくてはならない論点は山積しています。

 寄付不当勧誘防止法など、統一教会の被害者救済に向けた諸法案が来週から審議入りする予定です。実際に被害者救済にどれほどの効果があるのか、考えうる具体的事例にあてはめながら、よく理解せねばならないと思っております。

 とうとうカレンダーも残りあと一枚となりました。慌ただしさが加速度的に増してまいります。
 皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

| | コメント (11)

« 2022年11月 | トップページ | 2023年1月 »