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2023年2月24日 (金)

松本零士先生、色摩力夫先生ご逝去など

 石破 茂 です。
 当選1回生の頃のことで全く記憶にないのですが、昭和63年10月に、自民党国防部会 防衛法制小委員会は自衛隊法第84条(領空侵犯措置)の改正案をまとめ、国会提出寸前までいっていたのだそうです(織田邦男・元航空支援集団司令官・空将の論考による。「安全保障懇話会」機関誌『安全保障を考える』平成28年11月号)。
 領空侵犯措置には、海上警備行動や治安出動とは異なり、任務のみが規定され、武器使用についての権限は規定されていません。我が国の領空を侵犯し、警告にも従わず、退去も着陸もしない外国の航空機(戦闘機)に対して航空自衛隊のパイロットがどのように対処するのかについては、いわゆるROE(Rules Of Engagement)が内規として決められているはずですが、これを踏まえて「仮定のことには答えられない」「手の内を明らかには出来ない」との答弁から少しは踏み出すべきではないでしょうか。そうでなければ、国会の議論の意味がなくなってしまいます。
 話を戻すと、この昭和63年の改正案は、前回私が提示した案とその趣旨をほとんど同じくするものでした。翌平成元年7月の宇野宗佑内閣時の参議院選挙で自民党が大敗を喫したため、結局国会に提出されることのないままに今日に至っているとのことで、迂闊にもこれを全く知らなかったことを深く反省しております。当時の自民党の先輩には見識のある立派な方がおられたのですね。法律を作ることはまさしく「国家意思の表明」なのであり、立法府の責任です。
 平和安全法制を定める際、海空の「グレーゾーン事態」についての法的な整理を併せて行うはずだったのですが、その後「憲法第9条に自衛隊を明記する」ことに膨大な政治的なエネルギーを費やしてしまい、結局何の成果も得られなかったことは痛恨の極みです。

 

 専守防衛も非核三原則も、その本質は堅持しながら、抑止力を強化する方策を考えるべきです。その一つとして核共有の議論があり、拒否的抑止力の一つの大きな柱としてシェルター整備を進めるべく、具体的な目標を定めるべきです。防衛予算を増やしさえすれば、日本の独立と平和がもたらされるわけではありません。

 

 我が国が今後持つことになる「反撃能力」は、報復的抑止力にはなりえず、拒否的抑止力の一部を担うという位置づけになるのか。「日本に飛来する敵のミサイルが迎撃ミサイルの数を超え(飽和攻撃)、反撃する以外に手立てがない」場合への対応が典型的なケースでしょうが、更に精緻な思考が必要です。

 

 今週も衆議院予算委員会は淡々粛々と進み、来週には衆議院を通過して参議院に送付される見通しです。政府・与党としては有り難い限りですが、本当にこれでよいのだろうかとの思いは拭えません。

 

 19日日曜日の早朝、滞在先の倉吉市のホテルで観たNHK-BSの「軍人スポークスマンの戦争 大本営発表の真実」は丁寧に作られたとても良い番組で、権力とメディアが一体となった時、国は滅びるということを肝に銘じなくてはならないと改めて思ったことでした。アーカイブスでまだ視聴が可能かと思います。ご興味のある方は是非ご覧くださいませ。

 

 13日月曜日、漫画家の松本零士氏が逝去されました。対談やイベントなどでご一緒したこともありましたが、平和を真に希求された深い考えをお持ちのとても立派な方でした。初期の作品「潜水艦スーパー99(ナイン・ナイン)」(月刊「冒険王」1964年~65年連載)からのファンでしたが、「銀河鉄道999」のメーテル、「宇宙戦艦ヤマト」の森雪など、竹久夢二の美人画にも似た、清楚で美しくも儚い女性キャラクターがとても好きでした。
 残念な訃報が続きます。迂闊にも知らなかったのですが、元駐チリ大使で国際法の第一人者、色摩力夫先生が昨年11月24日に逝去されておられました。ご著書の「国家権力の解剖 軍隊と警察」(総合法令 1994年)、「日本人はなぜ終戦の日付をまちがえたのか 8月15日と9月2日の間のはかりしれない断層」(黙出版 2000年)、「国際連合という神話」(PHP新書 2001年)、「日本の死活問題 国際法・国連・軍隊の真実」(2017年 グッドブックス)はどれも優れた見識と深い考察に満ちた、極めて示唆に富む不朽の名著です。これらの著作を読まなければ、今の私の考えはなかったに相違ないのですが、未だ十分には理解しておらず、一知半解的な議論しか出来ていないことを恥じています。最後のご著書「日本の死活問題」を上梓された時、お目にかかる機会を逸してしまったことが悔やまれてなりません。
 深い思考の方が次々と亡くなられ、表層的で勇ましい声高の議論が横行する言論空間になってしまえば、それはとても危ういように思えてなりません。お二方の御霊の安らかならんことを切にお祈り申し上げます。

 

 明日土曜日は、大阪・堺市、熊取町へ参ります。日曜日は自民党大会、内容のある大会となることを期待しております。
 皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

 

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2023年2月21日 (火)

イシバチャンネル第百三十一弾

イシバチャンネル第百三十一弾「バレンタイン、気球、衆議院予算委員会での質問など」をアップしました。

ぜひご覧ください

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2023年2月17日 (金)

予算委質問など

 石破 茂 です。
 15日は10年振りに予算委員会の質疑に立ちました。議会で質疑に立つのは有権者から負託を受けた議員の権利であり義務でもあると常々思っているのですが、その機会を久方ぶりに与えていただきました。
 形態や内容について随分と懊悩したのですが、与党質問であり、30分という時間的制約がある以上、ご批判は十二分に承知の上で、敢えて質問をまとめ、答弁もまとめていただく形式とした次第です。野党質問ではないので、論破するのが目的では勿論ありませんし、一問一答形式にした場合、総理の丁寧な答弁スタイルでは二~三問に終わってしまうことはほぼ確実でした。
 「我々が当面目指すべきは『核のない世界』ではなく『核戦争のない世界』なのであって、これを混同してはならない」
 「防衛力整備はあくまで予想される作戦を念頭に置いた統合的なものでなければならず、陸・海・空の要求をホチキスで留めるようなものであってはならない」
 「常設的な統合司令部・司令官の創設と国民を守るシェルターの整備は急を要する」
 指摘したこれらにつき、総理のみならず国民各位に危機感と問題意識を持っていただけたのなら幸いです。

 

 制服自衛官が議会で答弁にも証言にも立たないことは文民統制の観点からは全く外れるものですし、議会で軍事合理性について議論がほとんどなされないことも極めて異常なことです。
 「専守防衛」は政治姿勢ではあっても、軍事的合理性から導き出されたものでは全くないのですが、昭和56年に雑誌のインタビューで専守防衛の困難性を指摘した竹田五郎統幕議長(空将)は事実上解任されました。その二年前に有事法制の必要性を指摘した栗栖弘臣統幕議長(陸将)もやはり解任されていますが、これこそが文民統制だ、政治に対して制服が発言することは許さない、などと嘯く誤った認識はいつか必ず大きな報いとなって返ってきます。その報いは「専守防衛」と唱えていればそれで良しとする政治家に対してでもメディアに対してでもなく、国民に返ってくることの恐ろしさを、我々はもっと知るべきです。

 

 アメリカが中国のものと思われる気球を撃墜しましたが、日本において同じ対応は可能なのでしょうか。
 自衛隊法第84条(領空侵犯措置)は「防衛大臣は、外国の航空機が国際法規又は航空法その他の法令に違反して我が国の領域の上空に侵入したときは、自衛隊の部隊に対し、これを着陸させ、又は我が国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる」と定めますが、無人の気球は「航空機」なのか、撃墜することは「着陸させ、又は退去させる」ことに該当するのかという、我が国独特の法律上の問題があります。政府は、「正当防衛か緊急避難でなければ武器の使用はできない」としてきた従来の解釈を変更すればよい、との見解のようですが、軽々に解釈の変更に頼るべきではありません。「航空機」を「航空機等」に変え、「これを着陸、退去させるため、又は排除するために」と第84条を改める方が正道だと思います。領空侵犯措置は、その解釈についてまだ議論が確定していないところもあり、スクランブルに上がった自衛隊機は、指示に従わずに領空侵犯を続ける相手方の航空機を撃墜できるのか、その判断は誰がどのような権限において行うのか、等をこの際明確にしておくべきです。

 

 物理面でいえば、空気の薄い2万メートル近い高高度まで上昇して気球を撃墜するようなミッションが可能なのはエンジンを二つ搭載した戦闘機に限られると言われており、日本にはそのような機体はF-15Jしかありませんし、そのような高空でのミッションにパイロットが生理的に耐えられるのかについても検証が必要です。アメリカ空軍が今回の気球撃墜にF-22ラプターを使い(これはアメリカしか保有していません)、F-15や高高度偵察機U-2、空中給油機なども随伴させて、大々的な作戦を展開したことの軍事的な意味をよく分析しなければなりません。
 「中国は怪しからん、毅然として断固撃ち落とせ」というのは勇ましくて恰好はいいかもしれませんが、我が国はF-22もU-2も保有していませんし、高高度訓練もしないままにいきなり撃墜命令を出すのはあまりに無謀です。
 外交的なリスクも含め、考えれば考えるほど安全保障とは難しいもので、自分の理解の浅薄さと能力不足を改めて思い知らされます。残された時間の少なさに慄然とするばかりですが、諦めることなく努力し、一歩でも前に進めるのが政治の責任です。

 

 昨日の予算委員会は中央公聴会でした。中でも安全保障に関する北岡伸一・東大名誉教授、川上高司・拓大教授、経済財政・金融政策に関する小幡績・慶大院准教授の意見陳述は、実に内容の濃い見事なものでしたが、テレビ中継もなく、時間も短かったのは残念なことでした。

 

 年明け以来、週末はすべて講演や統一地方選挙を控えた県内外への選挙応援で埋まり、まる一日お休みの日が全くありません。時節柄、やむを得ないことではあるのですが、思考が深まることなく恐ろしく散漫になってしまい、これはまずいと痛感しております。
 「待て暫し、やがて汝もまた憩わん」とゲーテは言ったそうですが、いつかそのような日が来るのでしょうか。

 

 まだまだ寒い日々が続きそうです。皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2023年2月10日 (金)

山口享先生、森田実氏、田勢康弘氏ご逝去など

 石破 茂 です。
 1月31日、元鳥取県議会議長 山口享(すすむ)先生が逝去されました。享年88。全国都道府県議会議長会長、自民党鳥取県支部連合会長などの要職を歴任され、私が鳥取県に帰った昭和59年以来、長きにわたって後援会長もお務めいただきました。
 亡父・石破二朗が鳥取県知事を退任後、参議院議員に転じ、近寄る人が格段に少なくなってもずっと傍で支えてくださり、昭和55年7月、鈴木善幸内閣で自治相に就任した時も、政務秘書官人事や地元の祝賀会などを取り仕切っていただきました。病気で大臣を辞任し、翌56年9月に地元鳥取で逝去した時も最期を看取ってくださり、田中角栄先生の鶴の一声で私が衆議院に出馬することになって以来、本当にお世話様になりました。
 衆議院選挙、参議院選挙、県知事選挙等々幾多の選挙がありましたが、鳥取県政治の転換点にはいつも山口先生の存在があり、先生なくしては私も、片山善博県政も、現在の平井伸治県政もあり得なかったことでした。
 当時全国最年少での初当選、候補者中ただ一人消費税賛成を訴えて戦った2回目の選挙、宮沢内閣不信任に賛成票を投じて無所属での立候補となった3回目の選挙…一番厳しいときに支えていただいたご恩を終生忘れることはありません。
 政治家の常として毀誉褒貶は相半ばするものでしょうが、選挙に対する執念とも言える熱意と、会った人の顔と名前を決して忘れない驚異的な記憶力、一度決めたら決して中途で迷うことなく最後まで突っ走る行動力は、決して他の人が真似できないものでした。ダミ声で語られるあの八頭(やず)弁をもう聞くこともないと思うと、寂しさで一杯になります。
 ご葬儀は故人のご遺言によりごく内輪のご親戚と関係者のみで2月4日、出身地の鳥取市河原町(旧八頭郡河原町)北村のご自宅で執り行われました。豪放磊落な印象でしたが、とても細心で賑やか好きな寂しがり屋の一面もお持ちでした。統一地方選が終わった後、しめやかな中にも賑やかで心のこもった偲ぶ会を開けたら良いなと思っております。
 初当選から37年、当時お世話様になった重鎮の方々はこれですべて居られなくなってしまいました。来し方を思うとともに、自分に残された時間もそう長くはないことを痛感したことでした。

 厳寒の季節のせいか、訃報が相次ぎます。決して権力に阿ることのない気骨の言論人、ジャーナリストであった森田実氏、田勢康弘氏が今週相次いで亡くなられました。
 森田先生に親しくご指導頂いたのは最晩年の数年でしたが、深い教養と鋭い洞察力、ひたすら平和を希求される高い志にいつも感動させられたものでした。政治家は中国の古典、特に論語を再学習しなければならないと再三口にしておられたのが強く印象に残っています。昨年末の長寿をお祝いする会でお姿を拝見したばかりでしたので、信じられない思いが致します。本日、森田先生より遺稿となった「ふくしま 地球文明の未来を」が送られてまいりました。最後まで本当にご立派な方であったと思います。
 田勢康弘さんとはテレビ東京の対談番組「田勢康弘の週刊ニュース新書」で何度もご一緒し、多くのことを教えられました。対談中のスタジオ内を「まーご」という名の猫が歩き回るという面白い番組でしたが、番組中にふと見せる田勢さんの温かい眼差しが忘れられません。昭和歌謡にも造詣が深く、海上自衛隊東京音楽隊の有志をバックバンドにした全日本歌謡選手権的な催しも企画しておられました。ここ数年、お目にかかる機会もないままに突然のご訃報に接することとなってしまったのがとても残念です。
 権力に媚びることも、阿ることもしないジャーナリストであった中村慶一郎さんも2020年に物故され、またお二人が旅立たれてしました。寂しい思いがしてなりません。御霊の安らかならんことを切にお祈り申し上げます。

 今週も予算委員会は粛々淡々と進み、中央公聴会の日程までセットされて早くも出口が見えてきました。政府の安定した答弁によるものというより、野党の質問の拙劣さに助けられている面が大きいことを今週もまざまざと見る思いでした。
 核心に迫る良い質問をする野党議員もいるのですが、与えられている時間が短いために議論が深まらないままに終わってしまう光景をこう何度も見せられると、ディベートの勉強を一からやり直した方がよいのではないかと思ってしまいます。顔見世興行ではあるまいし、まだ当選期数の少ない議員が短時間に入れ代わり立ち代わり質疑に立つのはやめたらどうか、若手議員の選挙区向けの顔見世と政権奪取とどちらが大事だと思っているのか、我々政府与党にとってはこの上なく有り難いことですが、日本の民主主義にとっては極めて憂慮すべきことですし、相手のレベルが低いとこちらまでが駄目になってしまうことを恐れています。弱体チームを相手にいくら連戦連勝してもこちらの実力は全く向上しません。

 総理秘書官の失言・更迭をきっかけに、LGBTQについて、また同性婚の是非が議論されています。
 日本国憲法第24条第1項「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」に「両性」とあることを根拠として同性婚を否定的に解する説がありますが、この「両性」に積極的な意味はなく、旧民法下で婚姻の成立に戸主の同意が必要であった例に鑑み、第三者の意思により婚姻の成立や効力が妨げられることはない、というのがその趣旨なのであり、「当事者」と解すべきものではないかと私は思っております。
 憲法制定時に同性婚は想定されていなかったのであり、民法や戸籍法もまた同様であるとするのが政府の立場ではなかったかと記憶していますし、下級審(宇都宮地裁真岡支部)でも同様の判断がなされていたはずです(本事案で最高裁は明確な憲法判断を示していません)。つまり憲法上も明確に禁止はしていないということですが、条文を四角四面に読む限りはこの解釈のままで同性婚を認めるのも困難があるので、最高裁の判決を待つか、法律によって認めるか、ということですが、権利を阻害されている国民が存在する以上、最高裁の判決を待つまでもなく早急な法制化が必要ではないでしょうか。LGBTQとされる方々の数は自己申告に基づいて推定する外はなく、比率も国民の3~10%と言われていますが、その多寡にかかわらず基本的人権は最大限に尊重されねばなりません。
 いわゆる「保守派」の立場の方々は、同性婚を認めるどころかLGBT理解増進法にすら否定的ですが、これは好き嫌いの問題や、政治的な右・左の立場によるものではありません。そもそも日本社会は本来もっと寛容なはずだったのですが、近年特に自分と違う考えや存在を排斥する狭量さが目立つのはとても残念なことです。「保守」の本質も寛容にこそあったと思うのですが。

 近々「JR時刻表」などを発刊している交通新聞社より、「忘れられない鉄道の本」(交通新聞社新書)が発売になります。撮り鉄の前原誠司代議士や高校時代の同級生であるエッセイストの泉麻人氏らとともに、私のインタビューも収録されております。政治から離れた、鉄道や音楽などの趣味の世界は本当に楽しいものですね。

 今日の都心は雪混じりの霙模様となっています。まだまだ寒い日々が続きます折、皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2023年2月 3日 (金)

予算委員会審議など

 石破 茂 です。
 今週は連日予算委員会の審議で終わりました。予算委員会の在籍も随分と長くなりましたが、白熱した議論も、心が揺さぶられるような質問や答弁も、審議が中断することもなく、審議が淡々と進んでいくのが最近の際立った特徴です。政府・与党としては誠に有り難いことですが、経済政策、安全保障、少子化対策、コロナ対策等々、議論が深まらないのは一体何故なのでしょう。
 野党が相変わらず顔見世興行的に多くの質疑者を立て、議論が深まらないままに「時間がないので次の質問に移ります」「持ち時間が終了しましたので、次の質疑者に代わります」などということを繰り返しているのでこのようなことになるのではないでしょうか。野党第一党である立憲民主党の支持率が僅か2.5%(時事通信1月世論調査)というのは極めて異様なことですが、彼らの質疑からはその危機感が全く感じられません。党首討論も全く行われていないのですから(そのために衆参両院に設けられた国家基本政策委員会だったはずですが)、予算委員会で野党党首、特に立憲民主党代表は同党の持ち時間のすべてを使ってでも総理と議論すべきだったのではないでしょうか。政権を担う気概のない野党は鼠を捕らない猫のようなもので、野党がしっかりしなければ与党は現状に安住し、民主主義も機能しないことを知るべきです。

 

 共産党など一部を除く野党も、質問の冒頭に「防衛費の増額には基本的に賛成」などと言うものだから、迫力が全くなく、議論も深まらない。防衛費増額の内容について言及する質疑者も皆無でした。我が国を取り巻く安全保障環境がかつてないほどに悪化している、とするのはどういう分析に基づくものなのか、その精緻な議論を期待していただけに残念でなりません。
 日米安全保障体制の抑止力を強化するにあたって、日米合同司令部の設置と核シェアリングの議論は不可欠です。どちらも我が国ではずっと忌避されてきたテーマですが、「安全保障政策の大転換」を謳う以上、避けて通るべきではありません。合同司令部なくしてどうして同盟が迅速的確に機能するのか、核シェアリングは核兵器そのものをシェアするのではなく、意思決定のプロセスと核攻撃のリスクをシェアすることがその本質ではないのか。その議論がない安保論争にはいい加減に終止符を打たねばなりません。
 いわゆる「反撃能力」はいかなる抑止力なのか、ということも明確にしておく必要があります。報復的・懲罰的抑止力を保持しないことは依然として変わらないのでしょうが、さりとて相手に「日本を攻撃しても所期の成果が得られないのでやめておこう」と思わせる、ミサイル防衛やシェルター整備などの拒否的抑止力とも性質が違うように思われます。
 また、「台湾有事は日本有事」と当然のごとくに語る向きもありますが、事態の推移につき、条約や地位協定を精緻に検証しながら考えていく作業も必要です。仮に中国が日本に対する攻撃を一切伴わず、台湾のみを攻撃した場合、安保条約第6条の極東有事となり、在日米軍の日本からの出撃が日米事前協議の対象となることが考えられます。その際にこれを拒否する選択はまず無さそうですが、中国からの強い恫喝を加えられてもこれが貫けるのかどうか。また、朝鮮半島有事の際には、朝鮮国連軍地位協定が機能して米軍は国連軍として事前協議を経ることなく出撃が可能となるのではないか。それはそのまま日本有事に移行するのではないか。等々、防衛力の強化は台湾有事や朝鮮半島有事の際の実際のオペレーションを念頭に置いて論じるべきものです。

 

 少子化対策に突如として登場した感のあるフランスのN分N乗方式も、税額控除方式に比べて効果があるかどうかはいくつもの前提を置かなければ計算式そのものが成り立ちませんし、フランスが出生率の向上のために実施している政策は極めて多岐にわたるのであって、税制だけで解決するものでは勿論ありません。この点に言及したのは「有志の会」の緒方林太郎議員だけでしたが、私も「フランスはどう少子化を克服したか」(高崎順子著・新潮新書・2016)をもう一度きちんと読み返してみたいと思っております。

 

 総理の外遊に同行した政務秘書官たるご長男の行動が問題視されていますが、これを週刊誌的スキャンダルとして扱うことには違和感を覚えます。予算委員会の議論でも世襲の是非が問われていましたが、30年前の自民党の政治改革の議論では、我々二世・三世の若手議員が、世襲でなくても議員になれる制度の実現を政治改革の大きな目標としていました。能力と志のある人であれば、「地盤(後援会組織)・看板(知名度)・鞄(資金力)」が無くても政党の力で議員になれる、政党中心の小選挙区制の導入が必要だと信じていたのですが、結果は真逆となってしまいました。あの頃「二世や三世は先代と同じ選挙区から立候補してはならない」という自民党内規約の導入を大真面目に訴えたのですが、党内ではほとんど政治改革狂信者扱いで、顧みられることはありませんでした。
 私自身、昭和59年に衆議院出馬を決意して鳥取に帰るとき、田中角栄先生から「お前のような若造が自民党から出馬出来るのは、親父さんのおかげで名前と信用の売り賃がタダだからだ。普通の人ならどんなに優秀でもお前の立場になるのに2億円はかかるのだ。そういわれて悔しかったら毎日何百件と自分の足で歩き、街頭演説を何万回とこなせ」と厳しく教えられたことを今も決して忘れることはありません。三井銀行在職中も、同僚、先輩で自分よりも遥かに優れた人を多く見てきましたが、彼らは三井銀行の重職に就くことはあっても政治家になることはおそらくないであろうと思ったものでした。大仰な表現かもしれませんが、自分が政治家でいることに原罪に近いものを常に感じており、そうであるが故に己の研鑽に可能な限り努めねばならないと思っています。

 

 予算委員会が続く中、統一地方選挙も間近となり、鳥取県内や他県での応援の機会が多くなりましたが、落ち着いて物事を考えなくなってしまい、思考や言動が場当たり的になってしまうことを恐れております。
 明日は立春とはいえ、まだまだ寒い日が続きます。皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

 

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