「モンテロッソ」など
石破 茂 です。
昨30日木曜日、沖縄県議会議員選挙(6月7日告示・16日投票)に向けた、新垣新(しんがきあらた)県議の後援会集会に出席のため、久しぶりに沖縄県糸満市に行って参りました。
昭和20年3月末から6月末にかけて沖縄では日本唯一の地上戦が行われました。その末期、海軍地上部隊の指揮官(沖縄方面根拠地隊司令官)であった大田実少将は、海軍次官に宛てた6月6日の電報で、沖縄県民が沖縄防衛のためにどれほど献身的に尽くしたかを綴ったうえで、「沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ。県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と結びました。県民の4人に1人が命を落とした沖縄戦の実際をきちんと学ばなければ、戦争や平和について語る資格はないと今更ながらに痛切に思います。魂魄(こんぱく)の塔、ひめゆり平和祈念資料館、平和の礎(いしじ)など、沖縄戦を今日に伝える場所は、今を生きる日本人すべてが訪れるべきです。昭和32年生まれの私自身、小学校から大学まで沖縄戦について学んだことはほとんどなく、上記の地を訪れたのも国会議員になってからでしたが、その時に受けた衝撃は実に大きなものでした。「かく戦へり」を今一度学ぶとともに、「特別の高配」がなされているのか、その検証の必要性を改めて感じたことでした。
昨30日午前、岡山市で開催された全日本建築板金業者の全国大会に振興議員連盟の会長として出席して参りました。本年4月から建設業の就業者に対しても時間外労働の上限規制が適用になりましたが、元受が短い工期を設定するとどうしても建設板金業や左官業、鳶職などの下請けの現場にしわ寄せが行くこととなり、この規制に抵触するような事態が起こりかねません。建設業に従事する就労者は480万人で全就業者の約7%を占めますが、この方々の残業収入の減少にもよく留意する必要があります。「働き方改革」自体は評価すべきものですが、現場の実情と乖離が起こらないように制度を調整しなければなりません。振興議連として、適切な工期と価格の設定がなされることを今後とも政府に対して要望して参ります。
東京渋谷・道玄坂にイタリアンレストラン「モンテロッソ」が開店し、先日プレオープンセレモニーと試食会に参加して参りました。
同店は建設現場の足場などのリースを本業とする日建リース工業が直営するのですが、提供される魚は同社が開発した、全国各地の港から魚を生きたまま低コストで輸送できる「活魚ボックス」で送られてきたもので、これは実に画期的なシステムです。以前、自民党水産総合調査会のスマート漁業に関する勉強会でのプレゼンの際にもとても面白く思ったのですが、私の地元の「モサエビ」が鮮度を保ったまま美味しく提供されたのを試食して、心から感嘆したことでした。このエビは鮮度の落ちが速いため、美味なのにほとんど全国に流通しないのですが、このような低利用魚に付加価値を付けて販売し、漁業者や漁村の雇用と所得を増大させるのはとても素晴らしい取組で、民間の創意工夫の素晴らしさを実感したことでした。お近くにお出かけの際はぜひお立ち寄りくださいませ。
来週6月5日午後9時より、TBS系列で「もしも今富士山が噴火したら?超緊急事態シミュレーション」と題する番組が放映予定で、私も解説者のような立場で少しだけ出演致します。
昨年も同様の企画があり、テーマは「もし東京に巨大隕石が落下したら」というものでした。巨大隕石の落下は直近では2013年2月15日にロシア・チェリャビンスク州で実際に発生しており、その際に放出されたエネルギーは広島型原爆の20倍であったそうです。そして火山学者によれば、記録に残っているだけでだいたい過去70年に1回の頻度で噴火を起こしている富士山が、1707年(元禄時代)の宝永の大噴火以来300年以上も沈黙していること自体が不気味なことだとされています。元禄時代の学者・新井白石が残した記録によれば、江戸市中には2週間にわたって火山灰が降り続けたのだそうで、仮に今同じことが起これば、飛行機も電車もクルマも全面的にストップするのみならず、火山灰の細かな粒子が入り込んだコンピューターはすべて機能障害を起こし、電波障害でスマホも使えなくなり、停電や断水などによって社会活動は完全に停止し、目や呼吸器などに疾患を起こした人々が医療機関に殺到して医療体制も崩壊、光合成が出来なくなった作物も枯死し、家畜も全滅して食料の提供も途絶する事態が予想されます。徒に脅かすつもりはありませんが、ドイツの保険会社が、災害の蓋然性が高い上にヒトとモノが極度に集中している東京を「世界一危険な都市」と算定していることの意味は、こういうところにあるのかもしれません。
この期に及んでもなお、国民の保護体制を一元的かつ継続的に企画立案する政府組織の必要性が認識されないのは、政治の不作為以外の何物でもありません。戦争であれ災害であれ、政治が安易な楽観論に流された時、その報いを受けるのは一般の国民なのです。
明日から6月に入ります。6月といえば、1993(平成5)年6月18日、宮沢内閣不信任案が可決されて衆議院が解散となり、自民党が分裂、下野した時のことが強烈な記憶として思い出されます。あの時、宮沢総理は「(衆議院の選挙制度改革を柱とする)政治改革は必ずやる。私は嘘をついたことがない」とテレビ番組で発言されたのですが、自民党内の意見をまとめることが出来ず、衆議院選挙制度改革法案は次期国会へと先送りになりました。これに反発した野党から内閣不信任案が提出され、自民党竹下派の羽田・小沢グループが同調して、同案は可決されました。
小選挙区比例代表並立制への移行は、自民党として正式に党議決定され、その後の衆・参国政選挙でも自民党の公約として掲げたものでしたが、これを総務会の決定で覆すという手法には私もどうしても納得ができず、当時拝命していた農林水産政務次官の辞表を提出した上で不信任案に賛成したのでした。
あれから30年の歳月が流れ、自民党は再び政治不信の渦中にありますが、党・内閣の人事や解散の有無が盛んにメディアで取り沙汰はされても、あの時のような熱気や高揚感は全く感じられません。我々政治に関わる者が己の利害を捨てて、国家の在り方を国民に正面から問うとの気概が失われてしまったことがその大きな原因であるように思われます。30年前の伊東正義・政治改革本部長や後藤田正晴・本部長代理などの大先輩のような存在に、到底なり得なかった自分の不徳と至らなさを反省するばかりです。
今週、半藤一利氏の遺稿となった「戦争というもの」(PHP研究所・2021年)を読み返して、感慨新たなものがありました。「昭和史」三部作(平凡社・2009年)も、もう一度読み直してみたいと思います。
皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。
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コメント
石破閣下
ポンコツモデラーのポンコツコメントです。
沖縄か台湾のどちらかで決戦をするならば沖縄になるだろうと推測したのが大本営なのだそうです。それなのに沖縄へは増援を送らずに来ない見込んだ台湾防衛を当時進めていました。もし見込通りに沖縄へ増援を送っていたとすると更に被害が拡大したと思います。沖縄決戦が終焉した時点で4島での決戦は無くなったと一部の指揮官は感じたそうです。それは空襲から逃れるため方面軍と軍司令部が隣り合わせにに避難してきた時感じたそうです。一回の爆撃で高級司令部が全滅する可能性がある避難だからです。
もう少し早い時期、昭和18年の頃には戦争には勝てないと見越して内地帰還者名簿の作成が進められました。その一方で満州への入植事業が並行して進められていました。同時に矛盾した施策が実施されていたのは何時もの事です。日本の敗北は避けられないとしたとしても降伏を行わず、遂にドイツが敗れた後は正に世界を敵に回しての戦争になりました。自分からは負けを言い出さない。言い出せなかったとしても相手からすると手に負えないと思わせたのか戦後の実は数奇な運命を負ったと言えるでしょう。
「数奇な運命」「開けてはいけないパンドラの箱」日本の事です。この国はあべこべの原理で運動しています。私たちは結論を見て遡り実現させます。核戦争が世界を滅ぼすという結論から遡って原因の除去を疑問を持たずに進めるのです。富士山の噴火対策も具体的にその出来事を視覚化などで表せば自然と動き出します。結論を見せてそこから対策を進めるのが良いかと思います。言葉だけでなく最近はやりのAIで訴えるのが手っ取り早い。乱文・乱筆お許しください。
投稿: 野村嘉則 | 2024年5月31日 (金) 21時05分
石破さん
ブログのご更新、有り難うございます。
引用≫30年前の…大先輩のような存在に、到底なり得なかった自分の不徳と至らなさを反省するばかりです
⇒斯くの如き重厚で深遠な反省の言を発せられる石破さんには市井の凡人たる愚者は惚れ込んでしまうのですが…、
⇒一方で、安倍愚猿や森喜朗や麻生太郎や現職の岸田昼行燈らにそのように自省する人間的な心の一片でも備わっていれば、安倍チルドレンなどの「好い歳の餓鬼」が此処まで国会を酷く歪めなかっただろう…などと慚愧の念が湧き上がります。
⇒ま、…とは云え、Edmund Burke翁 ♪Never Despair, but if You Do, “Work on in Despair”♪。諦めてはなにも始まらぬ。「ならぬことはならぬものです」と褌を締め直す。未だ確定ではないが、目先、太平洋の対岸ではそんな構えが勝利したのだから…。
🌸久し振りに♪良識Decenciesが勝利!ルン~ルン~♪
🌸5月30日は良識が勝利した記念日(但し、米国のみ)
NYT May 30, 2024: Donald J. Trump was convicted on Thursday on all 34 counts, capping an extraordinary trial that tested the resilience of the American justice system.
The guilty verdict will reverberate throughout the nation and the world as it ushers in a new era.
(一部字句を無断で勝手に追記あるいは変更してある)
この結末を獲得するまで長かったですね~。米国の良識がよく頑張った!よくぞ民主主義の範を示した!Gooood Job!
⇒とは云え、古今東西に「理外の理」という道理がある…。
また、極東島国に「ならぬことはならぬ」との訓えもある。
また、政治権力者には「推定有罪の適用を!」との声もあるw。
⇒「法治主義」を頑なに金科玉条の如く祭るのは過ちであるw。
法律やルールが定める原則に対して、“例外”を上手に運営することが、国家を含めた経営の要諦であると…。特に全てが激流の如く流れ変化する今の時代には、単なる効率的云々とは次元の違う観点で、「無駄にできる時間はない」のだから…と。
類語:「急かず!焦らず!しかし速やかに!」
投稿: 黒山椒無躇 | 2024年5月31日 (金) 21時09分
石破様、こんにちは。自民党が下野したのが過去二回あったとのことですが、今回万が一下野することとなると日本の未来はどうなるのか不安なところでもあります。今、円安で中小企業など大変ですし、中国やロシアなどが日本に揺さぶりをかけ、領土侵害してくる可能性もあます。超高齢化社会の対策や災害の対策など政府は担っていけるのかなどの心配もあります。石破様期待しています。
投稿: hitomugi | 2024年6月 1日 (土) 13時49分
石破先生へ
お疲れ様です。
東京都知事選挙について、立憲民主党の蓮舫参院議員が立候補を表明して、世論の注目や批評を浴びております。
私は自民党熱烈支持者として、素直に蓮舫氏都知事立候補を受け止めたいと思います。
テレビやマスコミの政治評論家や元議員、元自治体首長からは、批判的な言葉が出ていますが、国政野党から大都市しかも日本の首都の知事選に出る際は、常に批判の目にさらされるのが必定であります。
1960年代から旧日本社会党や日本共産党など革新政党各派が、東京や大阪・京都を中心に革新自治体を広げた際も、反安保/自衛隊違憲を掲げながら自民党政府と対峙し、冷戦構造の世界情勢や右肩上がりの高度経済成長を共に歩んできた時代と、その社共を中心とした革新自治体が1970年代後半には国民の支持や世間の評価を失い、衰退した軌跡を見るにつけ、蓮舫氏が今の自民党や岸田政権そして、小池都知事に対立軸を表明するのはごく当然の事。
国政野党からの知事選出馬を批判するというのは、民主主義がまだ正常に発展していないことを示してしまいますので、その点に関して批評家の皆さんは心して意見表明をして頂ければと思います。
ただ一点、蓮舫議員は立憲民主党や日本共産党などに支援表明をされたとのことですが、東京都政を本氣で担うのならば、都民の代表として幅広い民意を結集するために、立憲民主党の党籍を離脱して、無所属として選挙活動を行うのが筋かと思います。この点はご一考をぜひお願い致します。
石破先生が、沖縄県議会選挙の応援に出向かれたとのこと。私も20数余年前に沖縄県を家族旅行して、旧海軍司令部壕などに行かせていただきました。海軍の大田実少将がどのような思いで沖縄県の未来をお考えになられたのか、胸中をお察しして心詰まるものがあり、私も今日の日米安保の盤石をかみしめつつも、尊い犠牲と教訓を元に平和があることを再認識致しました。
また先生が回顧された、1993年6月の宮沢内閣不信任決議そして政治改革の与野党対決。私は当時18歳の高校生でしたが大変によく覚えています。
宮沢総理が自民党の造反議員に対して、唇を噛みしめていたご表情は、石破先生が2012年自民党政権奪回選挙で、自民党幹事長として全国を駆け巡ったお姿と並び、自民党の歴史上最も強いインパクトと印象に残る出来事だったと思います。
私は細川連立政権に一時は期待していましたが、やはり社会党外しをする新リーダー各位には賛同できず、羽田政権時には自民党支持に戻り、後の自社さ連立政権で自民党熱烈支持を確定させました。
先生の政治的信条と行動はご自身がお決めになったことですので、私にはそれを評価することができません。当時の自民党には社会党に対する不信感や自民党の守旧派と呼ばれる派閥領袖への不満や鬱積があったことは事実であり、私も社会党総理を心の底から支持していたことではありませんから、石破先生が当時の自民党とは違う政党に属された行動は理解するものであります。
でも先生が自民党にお戻りになったニュースは今でもよく覚えており、私は自民党に再び麒麟児が舞い降りたと、今更ながらに思い出し安堵したことが脳裏にあります。
以上、長文駄文誠に失礼しました。宜しくお願い致します。
投稿: 正木公二 | 2024年6月 1日 (土) 22時04分
一番の少子化対策は景気回復です。
国民は収入が少なくて子供を設ける以前に結婚すらできない
共働きでも子供を設けれる層は国民の半分より収入が多いそうです。
今結婚してる人が子供を設ける為にも軽減税率を0%まで引き下げて欲しいです。
その浮いた分で消費税10%の製品を買えば税収は変わりません
投稿: 松根康人 | 2024年6月 2日 (日) 17時44分
茂さん
沖縄には1度行ったことがあります。ひめゆりの塔は一度見に行ったような、行ってないような記憶がうつろです。宮沢内閣は、自衛隊海外派遣で自衛隊員に死者が出て、潰れた政権と存じ上げてます。石破さんは、総理になるために国会議員になったのではないと言われますが、時と風向きが石破さんを推すようなら石破さんが総理になるべきと思ってます。裏金問題で国民の自民党に対する不信感は相当深いです。自民党が選挙で勝ちたいなら、茂さんで挙党一致くらいじゃないと勝てませんよ!。茂さん頑張って下さい、応援します。
投稿: 安村直起 | 2024年6月 2日 (日) 19時16分
【宮沢内閣はなぜ倒れたのか】
宮沢内閣には副総理として渡辺美智雄氏が入閣していた。彼が発したとされる言葉に「アタシの知らないうちにウチのせがれが5,000株もらったばっかりに、こっちは総理大臣がパーになっちゃったよ」
と云うのがあるが、これに登場する5000株とはリクルート株のことであり、宮沢氏が竹下内閣で財務相をしていた時に発覚したリクルート事件を指す。竹下内閣はこの事件の発覚で倒れたわけだが、宮沢内閣も無事ではないような状況は続いていたようだ。直接の原因は党内の権力闘争にあるのだが、外形的には政治と金の問題を処理できない政治家が問題だという状況があったようだ。裏金問題を処理できないメガネ内閣と重なるように見えてきます。ともに宏池会というのも偶然といえるのか怪しい。宮沢氏は酒乱なのだそうだ。そういう噂があった。彼もまたリクルート株とは無縁ではなかったので酔っているうちに握らされたのかどうかわからないが、内閣がこれがために倒れるようなことはなかったが、バブル崩壊後の金融破綻を防ぐ処理で公的資金を利用して処理を急ぐ必要があるとしていたが、大きな反対に遭遇して何もできなかったようだ。公的資金の投入よりほかに手がないのはやがて知れ渡るのであるが、宮沢内閣は何もできなかった。反対する側にも策がない。そのこともわかっていながら宮沢内閣は何もできなかった。無能と呼ばれても仕方がない。今の内閣に似ているのはその部分である。責任からの逃亡が宏池会の伝統か?
まあ、宮沢の次の内閣は細川だ。妄想癖のある総理大臣が次ぐことになった。大変な時代だ。賃金の上昇がない20年が始まった。メガネの次はどこの政党が握るのか? 連立政権はまだまだ続くだろう自民党はその役目を終えたのかもわからない。そうか公明を早く切っておくべきだった。彼らはシナ帝国の奴隷だ。米国から危険視されていただろう。公明を早く切れなかったことで自民党は終わっている。同罪だ。これからシナ帝国から大量に人々が押し寄せてくるだろう。対処できるのか? 大きな不安だ。
投稿: 旗 | 2024年6月 3日 (月) 04時34分
石破先生
今晩は!!。
我が国の政局の混乱ぶりを反映するかのように、気候までが荒れ狂い、時ならぬ台風のような雨風が関東地方を中心に大荒れとなりました。
この様な中でも先生に於かれましては、沖縄訪問をはじめ多忙を極められ大変お疲れ様であります。今回も多岐に渡る内容をご記述頂き、大変有難うございます!!。
小生は先生と同郷、鳥取県出身の「国の将来を憂う」者であります。
今回も出来るだけ先生の記述に添って拙論と提言を述べて見たいと存じます。
さて、先ず初めに沖縄県議会議員選挙の支援集会に臨み、沖縄糸満市を訪問され、先の大戦の沖縄戦での史実を改めて調査と勉強をされた御由、大変参考になりました事でしょう!!。
太平洋戦史の中に於いて、1941年12月8日のハワイ島真珠湾攻撃により開戦となった翌年、1942年6月5日~7日に行われたミッドウェー海戦に於いて我が国は空母4隻、航空機300機を失い、制空権と制海権を大幅に失い、その後米軍の優位は日毎に増して行きました。そしてその後、サイパン島テニアン島と島伝いに北上の上米軍機は日本本土をB29 により爆撃を行うようになりました。1944年頃ともなれば我が国は殆どの艦船、航空機もなくなり3月には米軍は沖縄本島へ侵攻を始めました。
沖縄戦は米軍の艦船からの砲撃、ロケット弾と大変な火砲により地獄の様相となり、日本は民間人10万人を含む軍人とも合わせて20万人に及ぶ戦死者を出しました。
我が国では現在でもこの沖縄戦の史実を学校で教わる事はなく、小生は高校生の頃、図書館に於いて米側提供の写真集を見ながら勉強したものでした。
太平洋戦争もこの頃ともなれば、米軍は洞穴に立て籠る日本兵に対して火炎放射器も多用し、焼け焦げて仰のけに穴から落ちて出て来る日本兵や、一緒に逃げた日本の民間人も自決用の手りゅう弾を渡され自決したり、泣き止まぬ赤子は親の手によって口を塞がれると云う地獄の様相であったと云います。
内地でも主要各都市は大空襲を受け、民間人も多大な犠牲となりました。
然し、民間人も含め沖縄ほど多大な戦争の犠牲は無かったように想われます。日本人であれば、これらの史実は誰しも義務教育によって教えられるべきであります。そして戦争の悲惨さや愚かさを身に沁み込ませるべきであります。
次に現在の政局について拙論を語って見たいと存じます。
世の中、テレビや新聞のニュースに於いて、「東京都知事選」の事と「政治資金規正法」の与党案の取りまとめについて、連日の報道であります。
立憲民主党の蓮舫参議院議員が次回の東京都知事選に立候補の名乗りを上げ、そして機先をそがれた小池都知事は次回の都知事選への名乗りをずらすと云う、すでに選挙戦の駆け引きは始まっているようであります。又、蓮舫議員側には立憲民主党や共産党が支援に回る事が予想される中、小池都知事は自民党と公明党の支援を受ける事が果たして良いのか?と様子見であるとも誠しとやかに評論されて居ります。然し、東京都は国政同様党利党略に左右される事ではなく、都知事と議会による二元代表制であり「都民の暮らし」が第一義であります。小生は国政に於いても「二元代表制ではどうか?」と想うほどであります。その方が国民の民意が反映されると感じるからであります。
それにしても、国政に於いては政治資金改正法案を岸田総理は野党の反対もあり、公明党案を全面的に飲み企業献金の額を10万円より5万円に引き下げました。然し、今回も又茂木幹事長や麻生副総裁にも計らず、独断で決めたと云われ、茂木幹事長と麻生副総裁とは又もや不仲になったとテレビにより政治評論家が述べて居ります。
このように与党政権内部では、岸田総理は「何をしでかすのか?」と疑心暗鬼になって居ると云われて居ります。
その為、国会閉会後には内閣改造を行うのでは?とも、或は衆議院の解散に打って出るのでは?とも云われ、石破先生を幹事長に据え自民党の議席を減らしてでも岸田総理は次期総裁の座を狙うのでは?とも云われているようであります。
当に現岸田総理は今や「裸の王様」状態のようであります。
石破先生は、このような状況をどう受け止められますでしょうか?それでもこのような状態の現政権を支えられるのでしょうか?国民および世間は注目しているものと存じます。
いつもながら、僭越なる論調をご容赦くださいませ!!。
投稿: 桑本栄太郎 | 2024年6月 3日 (月) 19時27分
【筋書きもない無茶苦茶な国会運営を総理自らが率先する】
馬鹿じゃねえのと思っている自民党関係者もいることが記事になっていたようだ。
流れを解説する記事から見ないと批判する記事が輝くことがない。
読瓜新聞の記事は親切だ。判りやすいね。
『衆院政治改革特別委員会は4日の理事会で、自民党の政治資金規正法改正案の新たな修正案について、5日の特別委で採決することで合意した。修正案は自民、公明、日本維新の会3党の賛成多数で可決され、6日の本会議で衆院通過する見通しだ。・・・・・・・・・与野党は当初、自民の修正案を4日に特別委で採決し、同日の衆院本会議に緊急上程することで大筋合意していた。しかし、自民が3日に衆院に提出した修正案を巡り、政党から議員に支給される「政策活動費(政活費)」の領収書の公開範囲を1件あたり「50万円超」と記載したことに、維新が反発した。
このため、自民は修正案を取り下げ、大野敬太郎・与党筆頭理事は「大変ご迷惑をおかけし、謝りたい」と陳謝。その後、両党の調整を経て、自民は「50万円超」としていた部分を削除するなどした新たな修正案を理事会に提示した。自民は5日、衆院に提出する。』
物言いが付いたのだ。それは微細なものなのかどうか? 合意の段階でメガネは気がつかなかったのかもわからないが、おかげで貴重な時間が一日潰されたのは間違いがない事実だ。大事に臨んで下手を打つ人なのだ。総理大臣の職を暴落させる勢いというしかない。職名に向いていない人なのだろう。だから、次の時事の記事が注目を引く。
『自民党横浜市連が4日に同市内で開いた会合で幹部から、「党の顔」を代えるために岸田文雄首相(総裁)の退陣を求める声が上がった。
党支持率の低下を踏まえたもので、首相に対する党内の厳しい空気を示した。
発言したのは市連会長で横浜市議の佐藤茂氏。現状を「(自民が下野した)2009年の政権交代時に匹敵する」と指摘した上で、「政治資金規正法改正にめどが付いた今、総裁自ら身を引く苦渋の決断をし、強いリーダーシップの取れる新進気鋭の総裁を選び、変革の証しを示さなければならない」と訴えた。』
また、今回の修正寸劇に対して、国民民主の玉木代表から、
『(政治資金規正法改正をめぐり自民、日本維新の会両党の党首が合意したにもかかわらず、修正案が二転三転したことについて)かつての自民党はこんなことはなかったのではないか。官邸と国会対策委員会と幹事長まわりと緊密な連携をしてやっているはずだ。
公党の党首同士が(合意を)やっている以上、その後の国会の運びも含めてセットで普通はやる。決めたにもかかわらず合意内容と違うといってグダグダして、「場合によっては反対するかもしれません」と署名した一方が言うなんて、党首会談の重みに関わる。
(岸田文雄)首相は焦っておられるんですかね。これをもって(衆院)解散になだれ込んでいこうという戦略、維新も取り込みながら野党分断をはかり、場合によっては解散も、という戦略の一つだったと思うが、解散戦略にも狂いが生じてきているのではないか。(記者会見で)』というコメントが記事になっていた。つまり、予定通りの行動とみられた作業ですら時間通りの行動もできないわけだ。それをやるのが駆け出しの平の議員ではなく、総理大臣にして自民党総裁を兼ねる当選回数10回のベテラン衆議院議員なのだ。普通に考えてもカッコ悪いというか総理大臣の器ではないと思えてくる。在る意味、この一連の行動は職を汚しているのではないのかと思ってしまいます。残念な人だ。焦っている姿はいただけませんね。これが、ダメ出しになるだろう。タイミングというものがどのような場面にもあると思う。そして、それを見る側にいる人々は、考えることになる。ドリフのいかりや長介氏のセリフが出てきそうだ。「ダメだこりゃ」
自民党は這い上がることができるのか?
投稿: 旗 | 2024年6月 4日 (火) 22時58分