本人コメント

2018年4月20日 (金)

沖縄市など

石破 茂です。
16日月曜日に、22日投開票の沖縄市長選挙に再選を期して立候補している桑江朝千夫氏の応援に行って参りました。
市が中心となって2020年度のオープンを目指して計画
している一万人収容のアリーナの建設が争点の一つとなっていますが、スポーツやライブを「する側」からだけではなく「観る側」や「興行する側」の視点からも捉えるこのアリーナの建設には、従来の「ハコモノ」とは全く異なる大きな意義があるものと考えています。
八角形の設計は、どの席から見てもスポーツやライブが楽しめるように配慮したものですし、トラックが直接会場に乗り入れ可能となることによって、ライブの音響や照明の機材搬入が容易となり、感動的な舞台の演出が容易になります。このアリーナは、沖縄市の持つ地理的利便性やチャンプルー(ごちゃ混ぜ)文化の多様性と合わせて
国際的にも優位性を発揮することになるものと思います。

沖縄市(旧コザ市)には、ベトナム戦争(1964~1975)当時に出撃基地として使用された米軍嘉手納基地が所在し、多額の戦時手当を手にした米兵が酒とロックンロールに溺れてつかの間の休暇を過ごし、米兵が落とす金を目当てにアジア諸国から大勢の人が来沖し、エイサーに代表される地元の文化と相俟って世界の何処にもない独特の文化が形成されるに至ったと伝えられています。
1970年のコザ暴動の記憶も随分と薄れてきましたが、沖縄の苦難を沖縄だけのものとして捉える限り、基地問題の解決はあり得ません。                 

森友、加計、自衛隊の日報、財務次官の不適切な発言等々、本質的な政策論とはかけ離れた問題で今週も政界は混乱を極めました。挙証責任、という言葉が正確を欠くとのご指摘も頂きましたので、説明責任と改めますが、裁判で黒白を争っているのではありません。この種のことについて、批判を封殺したり、国民の常識と乖離した対応をしたりすれば、政治の信頼性が脆弱化し、政権基盤そのものを大きく揺るがすことになりかねません。
 今回の財務省の対応は、危機管理の初動を大きく誤った典型のようなものでした。「官庁の中の官庁」「最強の官庁」と呼ばれる財務省においてこうなのですか
ら、政府全体の危機管理体制も、全省庁もう一度徹底して見直す必要があります。官僚にのみ責任を押し付けたりすることのないよう、我々政治の側の責任がそれ以上に重いことも肝に銘じなくてはなりません。

 日米首脳会談は報道されている限り、「サスペン
スとディールの大統領」であるトランプ大統領の真骨頂の一端を垣間見る思いです。
日朝関係は基本的に米中関係の従属変数ですが、大国同士のディールにいかに関与するかは、日韓・日中間で信頼と認識をどれほど共有できるかにもかかっています。トランプ、習近平という指導者を持つ国の間にあって、ただ中国・韓国を感情的に非難するようなことでは、結局国益を大きく損ないかねないことを認識しなくてはなりません。

週末は21日土曜日が岩手県釜石市で懇談と講演(午後3時 釜石市内)。
22日日曜日は神戸学院大学経済学部ゼミナールで講演(午前11時・同大有瀬キャンパス)、自民党兵庫県連青年局ひょうご次世代育成塾で講演(午後2時・神戸市内)、という日程です。
先週に引き続き移動の多い土日です。
ところによっては夏日となる週末となるようです。
皆様お元気でお過ごしくださいませ。

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2018年4月13日 (金)

文民統制の本質など

 石破 茂 です。
 
 柳瀬前総理秘書官の「記憶の限りでは愛媛県職員に会っていない」などとするコメントには、なんとも歯切れの悪さを感じます。総理の仰るとおり、「総理の意向で行政が左右されたことはない」ということに信頼性を持たせるためにも、問題となっている事実に関して曖昧な立場を採るべきではありません。
 愛媛県の職員に柳瀬前秘書官が会ったことが事実でないならば、それを明確に否定すればよいことですし、同氏が記憶を呼び覚まして、会っていたことを思い出したなら「これは総理案件であるなどということは一切言っていない」と自身で言えば、すべて解決するのです。
 
 急激に変化する朝鮮半島情勢や、今秋の中間選挙を睨んでトランプ米国大統領が仕掛ける「貿易戦争」に対する対応など、総理が出席されるテレビ中継入りの予算委員会で、国民の前で議論しなくてはならない案件は山積しています(外務委員会、安全保障委員会などの一般の委員会は基本的に担当大臣が答弁に立ち、テレビ中継はありません)。
 森友問題にせよ、加計問題にせよ、挙証責任は政府の側にあるのであって、そこから逃れるべきではないでしょう。「時が経てばやがて沈静化する」などと思っていては、政府・自民党に対する国民の信頼感をじわじわと失わせる結果に繋がることを肝に銘じなくてはなりません。

 自衛隊の日報事案は、25万人を擁する膨大な規模、かつ陸・海・空・内局という4つの異なる文化が混在する自衛隊という組織を統制するとはどういうことなのか、という根源的な問題に正面から向き合うことなくして解決は見られません。
 「文民統制の重要性」と安易に唱えられるようですが、これは政軍関係という、どの国も長きにわたって悩み抜いている大問題です。「統制」というからには、統制する「主体」と統制される「客体」が存在するはずです。民主主義国家における「統制する主体」は、あくまで選挙によって国民に直接責任を負いうる政治(国会議員)なのであって、内局の背広組ではありません。事務次官以下の内局官僚、いわゆる背広組もあくまで統制される側の「自衛隊員」なのです。
 防衛庁長官在任中にこの議論を委員会で行ったのですが、朝日新聞に「やはり文官統制は必要だ」と題する社説で批判されて、誤植ではないかと我が目を疑ったことでした。

 「自衛隊は必要最小限度の実力しか保持せず、必要最小限度の行動しかできないのだから『戦力』ではなく、『軍隊』でもない」「国家行政組織法に位置付けられた法執行機関であり、交戦権も行使できない」などという政治的な配慮による憲法との整合を図ってきた結果として、自衛隊の「軍隊」としての本質から目を背け続けてきたのですから(私自身、国会でそのように答弁してきたのも事実です)、文民統制の概念が確立してこなかったのもけだし当然というべきなのでしょう。
 自衛隊は緩み切っている、けしからん、許せない、との批判も多くありますが、同時に政治の自衛隊に対する向き合い方も問われなくてはなりません。この状況を脱するべく、出来る限りの努力を重ねます。

 官僚の不祥事が連日のように報道されています。無謬の人などこの世にはいないのですし、政治家も官僚も聖人君子ではありませんが、政治家であれ、官僚であれ、公職に就いている者にはそれなりのノーブレス・オブリージュが求められるとは思います。
 「自分には権力がある」「自分には更に上の権力者がついているから大丈夫だ」などという思いを持った者が行う政治や行政に、国民が納得と共感を覚えるはずはありません。日本の統治システムがどこか根本的なところで狂い始めているように思われ、自らを戒めなくてはならないと痛感しています。

 週末は、14日土曜日が故・野中広務元自民党幹事長お別れの会(午前11時・ホテルグランヴィア京都)、明和会医療福祉センター渡辺病院創立65周年・社会医療法人認定10周年・増改築竣工記念式典ならびに祝賀会(午後4時・ホテルニューオータニ)。
 15日日曜日から16日午前にかけて沖縄市長選挙応援(沖縄市)という日程です。移動の多い週末です。
 沖縄市長選挙は幹事長在任中、秋の沖縄県知事選挙の前哨戦ということもあって三回沖縄市入りするなど全力で取り組み、勝利を得て桑江現市長の当選となりました。あれからもう4年、早いものです。

 島根県西部で発生した地震、大分県中津市での山崩れで被災された方々、犠牲となられた方にお見舞いとお悔やみを申し上げますとともに、懸命に捜索や復旧に当たっておられる皆様に感謝し、敬意を表します。

 都心では週半ば、春の嵐が吹き荒れました。全国各地で不安定な天候が続いています。
 皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2018年4月 6日 (金)

くらよしフィギュアミュージアムなど

 石破 茂 です。
 さる1日日曜日の「円形劇場くらよしフィギュアミュージアム」のオープニングセレモニーで、私が漫画「ドラゴンボール」に登場する「魔人ブウ」なるキャラクターに扮した映像が広く拡散し、週初めはやや当惑気味でした。
 「鉄腕アトム」や「サンダーバード」世代である私は「ドラゴンボール」も「魔人ブウ」も全くと言っていいほど知らなかったのですが、皆さんよくご存じなのですね。当日、開会時間少し前に会場に行ったところ、既に平井鳥取県知事、石田倉吉市長、舞立参議院議員はそれぞれのキャラクターに扮し終わっており、残ったものの中でサイズが合うのが「魔人ブウ」であったという、ただそれだけのお話なのです。
 
 昭和30年に建てられた倉吉市立明倫小学校旧校舎は、現存する日本最古の円形校舎です。この斬新な建築は当時の流行で、中央に螺旋階段が設けられ、当然ながら教室は扇形となっています。老朽化が進んで取り壊しが決定していたのですが、地元の人たちが中心となって、クラウドファンディングなどの手法も使いながら保存運動を進めた結果、倉吉市が存置を決断し、どうせ残すなら街に賑わいを創出する活用法をということで、地方創生事業などと組み合わせて今日の運びとなりました。
 ここに至るまでの市民のご努力と倉吉市のご理解に敬意を表します。
 その熱意にお応えし、少しでもこのミュージアムの存在と意義を全国に発信するお手伝いが出来たらと思ったのですが、ネット上の書き込みの一部を見て、空恐ろしい気持ちにさせられました。なぜこんなに極端に偏った見解を持つに至るのか、「なりすましネット民」の存在も含め、匿名の無責任な意見が瞬時に拡散する現代の言論空間は、極めて困難な様相を呈していると思います。

 余談ですが、先日某中央官庁の30代後半と思しき若手官僚と話をしていたら、「『サンダーバード』って何ですか?」と言われてしまいました。勧善懲悪、単純明快、古き良きあの時代の漫画や特撮物がとても懐かしく思われます。

 何処が出どころなのか今一つ判然としませんが、放送法第4条の撤廃が議論になっています。
【放送法 第4条】
 放送事業者は、国内放送及び内外放送の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一 公安及び善良な風俗を害しないこと
二 政治的に公平であること
三 報道は事実を曲げないですること
四 意見が対立している問題については、出来るだけ多くの角度から論点を明らかにすること

 新聞・出版とは異なり、国民の財産である公共の電波を使って発信するメディアである以上、その内容が偏ったものであってはならないという考え方が基本にあり、加えて
「放送用電波は有限であり、したがって放送に利用できるチャンネル数には限度があるので、混信を防止しつつ希少な電波を有効適切に利用するためには、それにふさわしい放送事業者を選別したり、放送内容に対して一定の規律を課す必要がある」(電波有限希少説)
「放送は直接茶の間に侵入し、即時かつ同時に動画や音声を伴う生の映像を通じて視聴される点で、受け手に他のメディアには見られない強烈な影響力を及ぼし、大きな影響を与えるものであるので公的規制が必要である」(社会的影響力説)
「民放を自由に放任すれば、営利主義に基づき視聴率の極大化のために、番組編成が大衆受けのする通俗的なものに画一化することになり、これを防ぐ必要がある」(番組画一化説)
等々が根拠として挙げられています。

 あまりに偏った報道に対しては、この放送法の趣旨に則って抗議を申し入れる、というのが今までの政党のスタンスでしたが、今回政府が検討していると伝えられるものは、発想を全く逆転させて、どのような内容であっても(公序良俗に反しない限り)自由に放送できることにしようとするもののようです。
 既存メディアの質やあり方は確かに問われてしかるべきところが多分にありますが、メディアが言論の自由、報道の自由などという基本的人権に非常に近いところにある以上、欧米とは異なる我が国の制度や、放送メディアの特性、言論の自由と民主主義との関係などを精緻に検討し、より良い制度づくりに資するものとしなければなりません。

 野党からその存在を問われていた自衛隊のイラク復興支援活動の日報が、昨年3月に陸上自衛隊内で発見されていたにもかかわらず、大臣に一年以上報告されていなかったことは極めて深刻な問題です。
 南スーダンにおける活動の日報問題で当時の大臣・事務次官・陸上幕僚長が辞任したのは昨年の7月のことでしたが、その教訓も反省も何ら生かされていないとしか思えません。
 平成19年、防衛大臣在任中に、海上自衛隊のインド洋における補給活動で米艦に対する燃料補給量の報告取り違え事案が発生して国会が混乱した際に、省内に「文民統制の徹底に関する検討委員会」を設置し、この議論の成果をその後の防衛省改革に結実させたはずなのですが、この内容に足らざるところがあったのか、これが防衛省・自衛隊に徹底されていなかったのか、検証なくしては必ずまた同じことが起こります。

 「文民統制」という概念は、自衛隊が警察と同じく国家行政組織法の中に組み込まれた完全な「行政組織」であるならば、そもそも生じえないものです。同じ実力組織であっても警察に文民統制の概念が生ずる余地がないのは、それが完全な行政組織だからです。「自衛隊は軍隊ではなく法執行機関である」という国際的に不可思議な概念を引きずったまま文民統制を論じても、決して解決は見られません。
 憲法第9条改正の議論の中核はまさにここにこそあったはずなのですが、マスコミも含めて全くと言っていいほどに取り上げられませんでした。そのこと自体が、問題の根幹を表していると思っています。物事の本質から目をそらしてはなりません。

 自己完結型の組織である自衛隊は、組織外に対して基本的にあまり関心を持たない性向を有しています。
 我が国においては国会に自衛官(制服組)が出席することもなく、論戦の矢面に立つのは大臣や内局官僚のみです。「国会に制服組が出席するのは好ましくない」などという綺麗事を言っていて、立法府による統制が機能するとは私には思えません。

 3日火曜日、韮崎市において自民党山梨県連主催の「なぜ今憲法改正が必要なのか」と題する一連の勉強会の第二回目に参加し、1時間の講演をしてまいりました。
 この勉強会は県内各地で計6回開催される予定で、山梨県連の見識と熱意は本当に素晴らしいものだと思います。平日の午後7時という時間にもかかわらず、老若男女約700人の方がお越しになり、熱心に聞いてくださったことがとても印象的でした。
 広く市民に呼び掛けたことで、質疑応答で「集団的自衛権行使には絶対に反対」との意見を開陳された方もあり、まさしくこれがあるべき姿だと思いました。
 国民は関心も、聴く耳も、間違いなく持っています。憲法改正は、正面から国民と向き合い、議論を重ね、広く理解を得て実現すべきものであると、改めて思ったことでした。

 週末7日土曜日は、陸上自衛隊中部方面航空隊 第3飛行隊・中部方面管制気象隊 第4派遣隊 編成完結行事(午前10時半・陸上自衛隊美保分屯地・境港市小篠津町)、智頭町河畔桜caféフェスティバル(午後2時半・智頭町河川敷)、税理士による石破後援会にて講演・懇親会(午後4時・ホテルニューオータニ鳥取)、八頭町下私都地区観桜会(午後6時・改善センター)、どんどろけの会観桜会(午後7時・鳥取市内)。
 8日日曜日は東部さつき会国政報告会・懇親茶話会(午後1時・ホテルニューオータニ鳥取)、という日程です。

 お花見の行事が多い週末ですが、鳥取もほとんど葉桜状態になっていると思われます。一方、北日本では季節外れの豪雪もみられるようです。

 皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2018年3月30日 (金)

自民党大会など

 石破 茂 です。
 
 25日日曜日に開催された自民党大会は、冒頭の平昌五輪メダリストのスピーチに始まり、最後は谷村新司氏の「昴」「群青」「いい日旅立ち」の熱唱で終わる、エンターテインメント性を重視したものでした。
 それはそれなりに面白くて、何十回も観た映画「連合艦隊」(昭和56年・東宝)の主題曲「群青」を生で聴けた感激は大きかったですし、大型スクリーンに映る全国47都道府県の美しい映像をバックにした「いい日旅立ち」には思わず涙しそうになりました。関係各位はさぞ知恵を絞ったことと思います。

 憲法改正に関する総裁の演説は、その必要性について「彼ら(自衛官)は国民を守るためにその命をかける。しかし、残念ながらいまだに多くの憲法学者は彼らを憲法違反だという。違憲論争が今でもあります。結果、ほとんどの教科書にはその記述があり、自衛官の子供たちもこの教科書で学ばねばならない…自衛隊を憲法に明記し、この状況に終止符を打ち、違憲論争に終止符を打とうではありませんか。これこそが私たち、今を生きる政治家の、そして自民党の責務であります」と述べるのみで、昨年5月3日の憲法記念日、民間団体の集会に寄せられたビデオメッセージの内容とほぼ同じものでした。  
 多くの憲法学者が違憲論を述べていることも、教科書にその記述があることも事実です。しかしそれのみが今回第9条を改正する理由なのだ、というのにはどうにも納得がいきません。第2項との整合性にも、激変する我が国の安全保障環境に対応するために抑止力を高めるという点にも何ら言及がなく、一年近くにわたる自民党内の議論は一体何だったのかと思わずにはいられませんでした。
 かつて小泉政権下の自民党幹事長当時、安倍先生は集団的自衛権も交戦権も憲法上容認する立場を鮮明にしておられましたし、自民党の24年改正草案は概ねその趣旨に沿ったものだったのですが、それがなぜ今のような見解に変わられたのか。
 もし「公明党に賛成してもらえない」というのがその理由なら、緊急事態条項や合区解消の自民党憲法改正案についてはどうなのでしょう。

 誠に畏れ多いことながら、今上陛下のご退位について、国会で自民党が主導して特例法が成立したことに関しても、何ら言及がなかったのも私にとっては残念なことでした。
 今上陛下のご退位と新天皇陛下のご即位は確かに来年ですが、明治大帝以来初となる生前ご退位について、日本の伝統を尊ぶ保守政党である自民党の大会で一言触れて頂きたかったと思いました。「皇室の政治利用」との批判が出ることに配慮したのかもしれませんが、それとは全く別の問題だと思うからです。
 華やかさの中にも、少し釈然としない思いの残る党大会でした。

 佐川前理財局長の証人尋問も、当初の予想通り「本件に関しては現在捜査中であり、刑事訴追の恐れがあるので答弁を差し控える」の連発で、何ら新しい事実は明らかになりませんでした。
 「何人も自己に不利益な供述を強要されない」との憲法第38条の趣旨は、真実の解明よりも基本的人権を重んじた規定であり、これを援用した佐川氏の答弁に非はありません。そもそも裁判でもない国会における証人尋問とはそのようなものであり、初めから過大な期待を抱くべきものではなかったと思います。
 法的にはそれでよいとして、多くの人々の納得感が得られなかったのもまた事実であったと思います。政治において最も必要な「国民の納得と共感」はかえって遠のいてしまったようにも思われ、国会において新たな機関の創設(原発事故にかかる国会事故調類似のものでしょうか)も一部で提唱されていますが、これも含めて立法、司法、行政の各面で真実の究明が急がれます。
 「8億円の値引きの根拠は何か」「国有財産売り払いの事案の中で本件のみ国が瑕疵担保責任を負わないこととされたのは何故か」「公文書改竄の違法性とは何か」等々、本質的なことが何一つ明らかにならないまま、政治ショー的な興味にのみ堕すことは厳に避けなくてはなりません。

 金正恩委員長と習近平国家主席の会談の本質は、金委員長が「南朝鮮と米国が善意を以て我々の努力に応じ、平和実現のために『段階的で同時並行的な措置』をとるならば、非核化問題は解決に至ることが可能になる」と述べ、習主席が「我々は朝鮮半島の非核化実現という目標を堅持する」と応じたことにあると考えるべきです。
 「北朝鮮の非核化」ではなく「朝鮮半島の非核化」なのであって、当然そこでは在韓米軍の核保有・核持ち込みも対象となり、これが「段階的・同時並行的」に措置されるとはどういうことなのか。あらゆるケースを想定して対応しなくてはなりません。
 
 かねてから申し上げている通り、中国をバックとした北朝鮮と米国との間で行われる様々なディールの内容如何では、日本を取り巻く安全保障環境が激変し、さらなる米国への依存が高まることも十分に予想されます。
 トランプ大統領は22日、日本もその対象国となる鉄鋼とアルミの輸入制限・高関税化の発動に署名する際、「I’ll talk to Prime Minister Abe of Japan and others, great guy, friend of mine, and there will be a little smile on their face and the smile is: ‘I can’t believe we’ve been able to take advantage of the United States for so long.’ So those days are over.」(日本の安倍首相や他のリーダーたちに話をするよ、いいやつで、私の友達だけど、いつも彼らの顔には小さな笑みが浮かんでいて、それは「アメリカにこんなに長い間つけこめるなんて信じられない」っていう意味で、そんな日々はもう終わりだと。)と述べましたが、これこそが同大統領の真骨頂なのかもしれません。
 トランプ氏を知るある経済人が「彼は相手を不安にさせて不安定な心理状況に置き、それを最大限に利用して最も有利な取引を行う『サスペンスとディールの大統領』になるであろう」と予言していたことを思い出しました。

 コメント欄を拝見していると、ネット上に流布している様々な情報に影響されたものが多く見られます。同欄にも指摘のあるとおり、出来れば元の情報にあたっていただきたいものですが、望むべくもありません。情報戦とはそんなものと知りつつも、嘆息を禁じえません。
 伝聞情報やためにする情報に惑わされることの無いよう、自重自戒したいと思っております。

 週末は、4月1日日曜日が鳥取市中核市移行記念式典(午前10時・鳥取市民会館)、円形劇場くらよしフィギュアミュージアム開館式(午後1時・同館)、ふるさとふれあい芸能祭り(午後2時半・倉吉未来中心)、自民党三朝支部総会・懇親会(午後3時・プランナールみささ)という日程です。

 もう4月、皆様の地域の桜の開花状況はいかがでしょうか?どうかご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2018年3月23日 (金)

憲法論議など

 石破 茂 です。
 自民党の憲法改正推進本部は、第9条第2項を維持したまま「必要な自衛の措置を講じる」ことを新たに書き込む方向で、細田博之本部長に条文案作成を一任することとなりました。一年近くにわたる議論の中で、昨年約束されたはずの安倍総裁自身によるご説明はついに一度も行われることがないままにこのような結果となったことは極めて残念です。
 野党時代、党として憲法改正草案を決定し、それと一体となる安全保障基本法案を長い議論の末に決定した際は、安全保障法制推進本部において本部長であった私が法案内容を詳細に説明し、質疑応答も濃密に行ったものでした(この説明内容は今でも自民党のホームページに記載されています)。

 ことの発端は昨年の憲法記念日、総裁が「第二項を維持したまま、自衛隊の存在を憲法に書き込むことは国民的な議論に値する」と、民間団体の会合に寄せたビデオメッセージで発言されたことでした。
 その後、それまでの党議決定や、それを公約に掲げて国民の信任を得た2012年の政権奪還総選挙、2013年の参議院選挙などとの整合性はほとんど顧みられることなく、総裁ご自身の党に対する説明もないままに、このような決定となった経緯に強い違和感を覚えます。
 
 一連の会議の中で私が質した点は以下の通りでした。
① 一般国民には理解しがたい「必要最小限度の装備しか有さず、必要最小限度の行動しかできないので、『戦力』ではなく『軍隊』でもない」とのロジックは今後も維持されるのか。
② 国の独立を侵す侵略国に対して自衛権を行使するのであるから、自衛権と一体である交戦権は国際的なルールであり、自衛隊もそれに従うのが当然ではないか。自衛隊を「国内法にのみ従う法執行機関」として位置づけ、国内法に拘束された自衛権しか行使できないのであれば侵略排除の目的達成は極めて困難となる。
③ 交戦権が制限されるとすれば、その内容であるハーグ陸戦法規、ジュネーブ四条約などの国際法規のうち、どれがどのような理由によって制限されるのか。
④ 仮に自衛隊を「行政に組み込まれた単なる法執行機関ではない」と位置付けるのならば、行政・立法のみならず、司法による統制も必要となるのではないか。
⑤ 「最小限」という量的概念を排除し、「必要」という質的概念を残すことは、むしろ自衛権行使の範囲を拡大することになるのではないか(私自身は、二項との整合性を無視すればむしろそうあるべきと思いますが、多くの議員はそうは考えていないようでした)。
⑥ 集団的自衛権を原則行使できないとするからこそ、日本はアメリカに対して、国家主権の根幹的要素たる領土を米軍に提供しなければならない。畢竟それは「いつまでも、どれだけでも、どこにでも米軍を配備し、使用できる権利(日本から見れば提供する義務)」を与えることになる(安保条約交渉におけるダレス米国国務長官の言葉)。このように国家主権を自ら制限する国は世界のどこにも存在しない。これは交戦権の否認と同じく、「真の独立主権国家」であることを否定するものではないか。現在の安全保障上、米軍の駐留は必要であるが、それは日本国民の政策的選択によるべきものであって、憲法によって導き出されるべきものではないと考える。
 
 私の提示したこれらの問いに対する明確な答えはなかったと記憶しています。
 「議論も出尽くしたようなのでこのあたりで本部長に取り扱いを一任すべきだ」との発言があり、「一任!一任!」との叫び声と拍手で会は閉じられたのですが、我が国の最高法規たる憲法の中核概念である平和主義の取り扱いがこのような形でなされたことに、しばし愕然と致しました。「主権独立国家とは何か」という基本的な問題に、多くの議員が無関心なように見え、とても驚かされたことでした。

 今後、憲法の問題は、自民党の衆・参憲法調査会に提示する案の作成を経て各党協議に移ることになりますが、これらの点はその場でも必ず突かれることになるでしょう。自民党として、今後もさらに理論と提示の在り方を研鑽してまいります。

 名古屋市の中学校における前川文部科学前事務次官の講演について、自民党文部科学部会の幹部がその内容を問い合わせするよう文科省に要請したとの件も、以前の自民党であればありえなかったことと思います。もし一切の批判は許さない、という雰囲気が醸成されていくのだとすれば、やがて恐ろしいことになるのではないかと危惧しています。

 週末は、24日土曜日が高原町新燃岳噴火被災現況説明と要望受け(午前9時半・高原町役場・宮崎県西諸県郡高原町)、畜産酪農家・茶生産者からの現況説明(午前10時・同)、自民党西諸県支部幹部との意見交換会(午前11時20分・TENAMUビル・宮崎県小林市)、小林市長からの現況説明・要望(午前11時40分・同)、昼食懇談会(正午・同)、小林市役所新庁舎落成記念地方創生フォーラムにて基調講演(小林市文化会館・小林市細野)、えびの市長からの被災現況説明・要望(午後2時半・えびの市役所)、自民党鳥取県連役員・党大会表彰者との夕食懇談会(午後7時・品川プリンスホテル)。
 25日日曜日は第85回自民党定期党大会・懇親会(午前10時・グランドプリンスホテル新高輪)、という日程です。
 宮崎県各地の被災状況をよく見てまいりたいと思っております。
 小林市の広報映像(ンダモシタン小林)は実に秀逸で、YouTubeで是非ご覧いただきたいものです。このようなアイデアを考えられる方のおられるまちは楽しさだけではなく、強さも併せ持ち、災害からも力強く復興することと思います。市の広報映像では、岐阜県関市(もしも刃物がなかったら)もとても楽しい作品です。

 都心の桜は平年より一週間早く開花するようで、今週末が見頃だそうです。
 当選一、二回の頃は、千鳥ヶ淵の夜桜見物などに出掛けたもので、あの頃のことをとても懐かしく思い出します。「待て暫し、やがてまた汝も憩わん」(ゲーテ・旅人の夜の詩)、本当かなあ。毎年このようなことを書いているような気もしますが・・・。
 季節の変わり目の不安定な天候が続きます。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2018年3月16日 (金)

民主主義など

 石破 茂 です。
 森友学園に関する財務省の公文書書き換え問題で、今週も永田町は騒然とした雰囲気に包まれました。
 福田康夫内閣において制定された公文書管理法は、第一条に
「公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用できるものであることにかんがみ、国民主権の理念にのっとり、もって行政が適正かつ効率的に運用されるようにするとともに、国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在および将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする」と定めています。
 公文書は官僚のものではなく国民のものであり、行政が適切に行われたことを現在と将来の国民に説明するためのものである、ということなのであって、国民のものを官僚が勝手に都合の良いように書き換えたりすることは、この法の趣旨を冒涜するものです。
 直接の被害者は、書き換えられた公文書を提示された国会ですが、むしろ主権者たる国民こそ本当の被害者なのです。我々は主権者の代表としてこの件の真相を明らかにする責任を負っています。

 福田康夫元総理は昨年9月7日、インタビューに答えて「これは官僚が後から何か言われたときに説明する資料になる。だから役人を守るためのものでもある」「官僚は自分たちは国民のためにいるのだと意識しないといけない。それはできない、記録に残りますよと一言言えば政治家だって無茶なことは言わない。不当な政治の介入などを排除できる」と述べておられます。
 閣僚としてお仕えしていて、福田総理がこの法律制定に大変な情熱を燃やしておられたことをよく記憶していますが、書き換え・改竄などは想定外だったことでしょう。
 自ら命を絶たれた近畿財務局の職員は、この法律の趣旨をよく理解しておられたと思料します。書き換えを指示した職員は、この趣旨を冒涜し、国民に対する背信を働いたものと断ぜざるを得ません。

 先週、世界のシンクタンクのトップによる「民主主義の危機とは何か」と題する非公開の国際シンポジウムでスピーチと議論をする機会を得たのですが、とても示唆に富む有益なものでした。
 手続きが煩瑣で時間がかかり、得られる結論が必ずしも正しいものとは限らず、時として衆愚政治に陥る危険性を持った民主主義の価値・正統性とは、「得られる結論が正しい」ことにではなく「手続きが正当である」ことにこそ求められるのだと思います。
 これを少しでも上手く機能させるためには「主権者が出来るだけ多く決定に参加すること」と「主権者ができるだけ正確な知識と情報を得られること」の二つが必要なのであり、これらを欠いた民主主義は形骸化し、不幸な結果を招来することになりかねません。
 浅薄な理解で恐縮ですが、チャーチルの述べた「民主主義は最悪の政治制度である。これまで存在した他のあらゆる政治制度を除けば」という言葉はこのような意味を持ったものだったようにも思います。

 その意味でも、自民党の憲法論議の進め方にはやはり疑問を感じています。自民党所属議員は衆議院283名参議院122名の計405名いるのですが、過去最高と思われる昨日の会議の出席者でも150人程度、3時間近くにわたった議論の最後まで残っていた議員は精々20人ほどでした。
 いつまでも議論ばかりしていてもどうにもなりませんので、どこかで取りまとめの段階に入るのは当然ですし、私自身も過去このような手法を採ってきました。しかし、ことは最高法規である憲法、それも日本国憲法の三大原理である平和主義、我が日本国の独立と平和に関わることで、他の法律案とは性格が異なります。
 私は昨年のかなり早い段階から、国会閉会中に、全議員に地方の代表も加えた形での、数日をかけた時間制限のない徹底した議論の場を設けること、それこそが自民党の本気度を国民に知らせ、結果的に結論を早く出すことに繋がること、を何度も主張してきましたが、結局これが実現することはありませんでした。

 昨日の議論でも、集団的自衛権と集団安全保障の差異を理解していない、交戦権を「相手を殲滅させる権利」であると誤解している、日本の国内法に当然従わない侵略の相手方に対して「自衛隊は国内法を守る法執行機関として対応すべき」とする、などの意見が見られ、これでは政治的に配慮した結論になるのも仕方のないことなのかと思いました。
 多くの議員が、どこかで憲法前文の「日本国民は平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持しようと決意した」という幻想に過度に捉われているように思われます。前文に言うようなことがそのとおりであればどんなに良いことかと思いますが、国際社会はそのように甘いものでは決してありません。
 我が国が平和主義に徹し、決して侵略国家とはならないことはどんなに強調してもし過ぎることはありませんが、これと、我が国に手をかけようとする相手方に侵略を思い留まらせる拒否的抑止力を持ち、侵略を受けた際にこれを排除する能力をいかに強く持つかは全く別の問題なのであり、これを混同するようなことがあってはなりません。
 「理想は第二項削除だが、これでは国民の理解は得られない」との声も聞かれましたが、どうして最初からそのように決めつけてしまうのでしょうか。理想に少しでも近づけるべく努力するのが政治家の務めであり、熱意と信念をもってその技量を高めるようにするのが本来だと私は信じます。
 今でも3割近い国民は理解を示しているのであって、これをあと2割高めることすら出来ないというのはどういうことなのでしょう。

 週末18日日曜日は、鳥取市長選挙・深沢よしひこ候補予定者出陣式において街頭演説(午前8時・深沢選挙事務所前・鳥取市新町)、彼岸墓参(午前10時・八頭町)、倉吉市長選挙・石田耕太郎候補予定者街頭演説会(午後1時・JA鳥取中央久米支所前・倉吉市横田)、という日程です。
 鳥取市、倉吉市とも誠実で実行力のある現職が再選・三選を目指しての立候補です。
 亡父も二期目以降の鳥取県知事選挙は事実上の信任投票でしたが、選挙期間中は知事公舎を出て仮住まいをしながら、一切手抜きをすることなく全力で戦っておりました。吏道とは何か、選挙に臨む候補者の心得とは何かを身をもって体現していた人であったように思います。いつまで経っても決して超えることの出来ない父親
を持ったことに常にコンプレックスを感じているのですが、でもそれはとても幸せなことであるようにも思います。

 この土日は久しぶりに少し余裕のある日程ですが、机上に山と積まれて雪崩寸前状態となっている資料の整理や、先週と今週に恵贈いただいた十数冊の本に目を通すだけで終わってしまいそうです。
 頂いた本に目を通すのに精一杯で、書店で本を選ぶ機会がとても少なくなってしまっていることは残念であると同時にとても気がかりです。世の中にはさらに多くの、目を通すべき書籍や知っておかねばならない知識もある
と思うと、焦燥の念に駆られます。

 暑さ寒さも彼岸まで、とはよく言ったもので、都心は今日の夕刻から寒さが戻ってきそうです。
 皆様体調にご留意の上、お元気でお過ごしくださいませ。

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2018年3月 9日 (金)

観光列車「昭和」、「あさラジ」終了など

 石破 茂 です。
 朝鮮半島情勢は大きく動き出し、トランプ米国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長との会談が実現する運びとなりそうです。今後の成り行きは全く不明ですが、「米国まで届くミサイルの開発は中止し、今後の核開発も行わない」という内容で米朝が合意し、北朝鮮の現体制が(条件付きであれ)容認され、韓国や中国もこれを認めるとすれば、核とミサイルの脅威が継続する日本にとっての影響は極めて大きいといわねばならないでしょう。あらゆるケースを想定して対応すべきことは当然のことです。
 「同盟とは、共に戦うことはあっても決して運命を共にはしないものだ」というド・ゴールの言葉が想起されてなりません。

 森友学園問題を巡っては、値引き疑惑の発覚当時、これを担当していた財務省近畿財務局職員が自殺されるという事態となりました。事の真相は不明であり今後の警察の対応を見る他はありませんが、九頭竜川ダム事件、ロッキード事件など過去においても痛ましい自殺がありました。
 佐川国税庁長官が辞任との報道もありますが、辞任の理由を明確にすべきでしょう。
 財政、金融、安全保障、働き方改革等々、議論し方向性を定めなくてはならないことが山積している中にあって、森友問題で時間を空費することはもう終わりにしてもらいたいと切に思います。

 4日土曜日に、私の地元を走る第三セクターである若桜鉄道に、観光列車「昭和」がデビューし、一連の記念行事に参加してまいりました。
 乏しい予算の中、デザイナーの水戸岡鋭治先生が工夫を凝らしてくださり、なかなかの出来栄えでありました。「乗って残そう〇〇線」では地方鉄道の生き残りは難しく、わざわざ行って乗りたくなるような鉄道、乗って行ってみたくなるような地域を創るのは地元の責務です。
 しばらく土・日のツアーは満員御礼状態だそうですが、車両そのものは常時運行しておりますので、ご興味のおありの方はぜひお乗りになってみてくださいませ。

 何度かゲストコメンテーターを務めた「高嶋ひでたけのあさラジ!」がこの3月30日で終了するそうで、今朝6時半より、私としては最後の出演をしてまいりました。
 私たちの年代はラジオ世代の真っただ中で、試験勉強や受験勉強の傍ら、深夜放送をよく聴いていたものです(どちらが主でどちらが従だったのかわかりませんが)。
 鳥取はニッポン放送も文化放送も入らず、北朝鮮からの放送などが多く入る中、かなり苦労しながら東京からの電波を受信したものでした。性能の良いラジオ(ナショナルのGXワールドボーイとか東芝IC70とか)が欲しくて、親の歓心を買うべく勉強していたのですが、意外と年代ものの真空管ラジオの方が受信しやすかったりしたことを覚えています。
 テレビとは異なり、ラジオはパーソナリティとの直接の繋がりが実感できて、今でもとても好きです。高嶋さんは今年75歳になられるそうですが、まだまだとてもお元気で、お声を聴くと中・高生だった当時のことを思い出して一気に時空を超えるような思いがします。
 今回の番組終了はとても寂しく残念ですが、高嶋さんの今後一層のご活躍を期待いたします。

 明後日11日は東日本大震災・大津波・原発事故より7年となります。
 あの日の記憶は今も強烈で、薄れることはありません。お亡くなりになられた方々の御霊の安らかならんことをお祈りいたしますとともに、今なお苦難の中におられる皆様に心よりお見舞い申し上げます。

 週末は、10日土曜日が一般県道鳥取空港賀露線開通式(午前10時・鳥取市とりっこ広場)、鳥取県東部地区自衛隊入隊予定者激励会(午前11時・ホテルニューオータニ鳥取)、盤山会(親族の集まり)総会・懇親会(正午・対翠閣)、鳥取県立歯科衛生専門学校卒業式(午後1時・同校)、若桜町長・町議有志との意見交換会(午後2時半・若桜町内)、八頭町議・自民党員有志との懇談会(午後4時・夢豆庵)、鳥取県の食材とワインを楽しむ会(午後6時半・ホテルモナーク鳥取)。
 11日日曜日が滋賀県議会・川島副議長県政報告セミナー、という日程です。

 寒さの戻った週末となりそうです。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2018年3月 2日 (金)

裁量労働制など

 石破 茂 です。
 予算委員会中、質問もせずにただ聴いているのはかなり辛い作業ではあります。うっかり少しでもうつむいている時があると、そこだけ大写しにされてしまい、まるでずっと寝ているかのように思われてしまいます。気を付けてはいるつもりなのですが、見苦しいところをお見せしたこともあったかと思います。どうかご容赦くださいませ。
 
 予算委員会後半は裁量労働制を巡る議論が延々と続いたのですが、結局その対象の拡大は見送られることとなりました。本来比較すべきではないデーターを比較したこと、その数字のとり方が杜撰であったことが見送りの理由であり、これを用いるに至った経緯はいまだ不明であるものの、見送りは当然というべきでしょう。
 どのような職に就く、どのような人が裁量労働制のメリットを受け、所得が維持されたままで、生じた余暇を有効に使えるようになるのか。逆にどのような人は残業代も支払われないままに長時間労働を強いられるようになってしまうのか。その裁量は誰が行ない、労使間の合意はどのように行われるのか。労働者に対する健康確保措置は任意なのか、そうではないのか。それはどのようになされるのか。裁量労働制の趣旨に反した労働形態があった場合、どのように是正されるのか、実効性はいかに確保されるか等々が明らかにされるべく、今後、濃密な議論を行い、成案を得なくてはなりません。
 労働政策審議会が「おおむね妥当」と答申したのは「すべて妥当」とは異なるのであり、労働側の反対意見を敢えて看過するような印象を与えてしまったことも残念なことでした。
 
 問題の核心は、産業の構造が激変する中にあって雇用にミスマッチが生じ、終身雇用や年功序列という従来の雇用形態が維持不可能になったことにあります。
 製造業からサービス業へ、若年層から高齢者層へ、男性から女性へ、正規から非正規へと雇用がシフトし、シフトした人々の賃金が低いために有効求人倍率が高くても賃金が上がらないという状況が生じている中にあって、雇用の健全な流動化は必須ですが、それには労働者のスキルを向上させるための施策とセーフティネットの整備が不可欠です。それなくして労働者の過剰労働だけが増え、多くの人々の賃金が抑制されてしまう結果を生じさせるのであれば、政策として不適切と言わざるを得ません。

 議論の最中どうにも気になったのは「者」を「シャ」と発音して質問や答弁がなされていたことでした。これは政界や官界ではよくある言い方なのですが、一般にはあまり用いられておらず、何のことか最初はわからなかった方も多かったのではないでしょうか。私もこの世界に入った当初、強い違和感を覚えたものでした。「モノ」と発音すれば「物」と区別がつかないし、見下したような響きもあるのでそのようにしてきたのでしょうが、「人」(ヒト)でも構わないように思います。永田町や霞が関でのみ通用する用語や論理を多用することの危険性を今更ながらに強く感じています。
 若手の中には、冒頭「今日はご質問(『ご』は要らない!)の機会を頂き有り難うございます」と述べて質問を始める議員も多く見られます。礼儀正しいのか、謙譲の美徳なのかわかりませんが、質問するのは有権者から与えられた議員の権利なのであって、委員会の場においては誰にお礼を言う筋合いでもありません。こんなことに違和感を覚えるのはこちらが齢を重ねたせいかもしれませんが。

 今週も憲法改正推進本部において第9条に関する議論が行われました。私の考えは今週当欄に記したとおりですが、今回の議論においても正面から反対する論は一切聞かれず、「それは国民に理解されない」「公明党の賛同は得られず国会の三分の二の賛成による発議も不可能になる」という意見が多く述べられました。
 しかし、よく考えてみてください。ことは我が国の独立と平和、国民の生命と身体などの安全をいかに守るかに関わることなのです。法的な正当性・整合性と共に、侵略を排除する力についての議論がなされなくてはいったい何のための憲法議論なのでしょうか。
 我が国が決して侵略国家とならず、平和主義に徹することは第一項に明確に記すべきです(その意味で、憲法第9条第1項には日本国民のその意思を明確に書き込むべきだと思いますし、国際紛争の主体である「国またはそれに準ずる組織」ではないためにその対象とならないテロリストやテロ組織にも対応できるような改正が本来は必要です)。
 しかし、我が国が急迫不正の武力攻撃を受け、それに自衛権によって対応する際に行使する、国際法で明確に認められた「交戦権」をなぜ制約しなくてはならないのか、それによって我が国の抑止力が減殺されることに何のメリットがあるのか、私にはまったく理解ができません。それが明白に侵略であっても、相手国には交戦権が全面的に認められるのです。我が国の権限を制限することに腐心するあまり、我が国が侵略された場合のことを考えてないとすれば、それは想像力の欠如ではないのでしょうか。「交戦権」を単に「戦争ができる権利」と思い込んで議論しているとすれば、これは根本から誤っています。

 日本政府もそのことはわかっていて「戦時国際法上、自衛隊の行なう行為について国際法は無縁ではなく、自衛隊は交戦国としての待遇を受けるし義務も果たさねばならない」「国際法から見れば自衛隊は普通の交戦国と似たようなことを国内でやるのだが、非常に制約を受けており、これを交戦権と呼ぶことは誤解を招くので『自衛行動権』と称している」と整理しています(昭和53年8月16日・衆議院内閣委員会真田法制局長官答弁)。
 我が国は実は交戦権を保有し、行使もできるのだが、憲法で認められていないので「自衛行動権」と称している、と言っているのですが、それは世界第八位の防衛費で自衛隊を保持しながら「あれは戦力ではない」というのと同様、詭弁以外の何物でもないように思われます。
 政府の辛い立場は痛いほどわかりますし、私自身、有事法制における海上輸送規制法審議の際に「これは交戦権ではない」と苦しい答弁を繰り返したことをよく覚えています。単に自衛隊を憲法に書き込むだけなのであり、他は何も変わらないのだとする立場では、このような矛盾や弊害がそのまま維持されることになってしまいます。

 「自衛隊は必要最小限度の装備と運用しか行わないのだから『戦力』ではなく従って『陸海空軍』でもない」というロジックも国際的には通用しません。国の主権と独立を守る組織を「軍隊」というのであり、必要最小限だからなのではありません。名称は「自衛隊」のままでも構いませんが、その任務は明確に書くべきです。
 自衛隊は行政組織そのものなのだ、という論を唱える方もありますが、それでは警察と同じで、文民統制を書き込む必要はそもそもなくなってしまいます。警察と軍隊を同一視するような考えを採る国は世界中どこにも存在しません。その国において、どのような組織も対抗しえない実力を有しているからこそ「統制」が必要となるのであり、これは人類の歴史と経験の所産です。我が国だけが唯一の例外であるとするのはその根拠が全く不明です。
 文民統制は、司法・立法・行政によって行われなくてはなりませんが、司法による統制に忌避感を示す向きも多いのが現状です。
 しかし有事における法の適用は平時とは全く異なるのであって、今のままでは有事における自衛官の行為が殺人罪や傷害罪の嫌疑で訴訟となることもあり得ます。医療過誤が決してあってはならないことは当然ですが、業務上過失致死で訴えられたことで過度に委縮した医師がいたことも事実でしょう。
 有事において自衛官は国際的に確立された行動規範に従って整斉と行動すべきなのであって、暴走することも委縮することもあってはなりません。専門的知見を有する裁判官・弁護人・検察官による公開された、法と証拠に基づく厳正・公正な審理が行われる必要と考える所以です。
 戦前の軍法会議の暗いイメージに基づく否定論が多いのですが、この検証も必要です。非公開・弁護人なし・上官に甘い審判などが厳に排されねばならないことは当然です。この点に関しては「軍法会議のない『軍隊』 自衛隊に軍法会議は不要か」(霞信彦著・慶応義塾大学出版会・2017年)が示唆に富んでいます。

 今週の憲法論議に関する報道の中には「石破氏、二項維持に賛成」等との見出しを付けた某紙をはじめとして、ずいぶんと恣意的なものが見られました。編集権は彼らにあるのですから文句を言う立場にはありませんが、いつもながらなんとも情けない気持ちにさせられます。
 前回、最近コメントが減って寂しいと書いたところ、多くの方から新たな、または久しぶりのコメントを頂戴いたしました。有り難うございました。

 週末は、3日土曜日が「細川珠生のモーニングトーク」出演(午前7時・ラジオ日本系列・収録)、(株)Life Lab 食・農就活サミットで講演(正午・品川ザ・グランドホール)、ABS秋田放送開局65周年記念番組「あきたに住みます」出演(午後1時・秋田県のみ・収録)、「News every.サタデー」出演(午後5時・日本テレビ系列・収録)、「新情報7daysニュースキャスター」出演(午後10時・TBS系列・収録)。
 4日日曜日は若桜鉄道観光車両「昭和」出発式典、記念講演、水戸岡鋭治氏・知事・市長らとの昼食会(午前9時~・若桜町・八頭町内)、山口享鳥取県議会議員鳥取県最長永年勤続を祝う会(午後2時・ホテルニューオータニ鳥取)、中部大志会新年総会・懇親会(午後5時半・依山楼岩崎・東伯郡三朝町)という日程です。
 
 3月に入り、幾分春めいてまいりました。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2018年2月23日 (金)

山梨県連の憲法改正勉強会など

 石破 茂 です。
 21日水曜日、山梨県甲府市での自民党山梨県連憲法改正推進本部主催「なぜ今憲法改正が必要か」と題する学習会に講師として招かれ、講演してまいりました。
 平日の午後6時半という出にくい時間にもかかわらず500名の方にご参加いただき、とても有り難く思いました。壇上から見ていて、お疲れの時間なのにほとんどの方が居眠りもされずに熱心に耳を傾けてくださっていたのには感動すら覚えました。
 昨年初めに党本部の指示により全国47都道府県すべての自民党支部連合会に憲法改正推進本部を設置したのは、日頃馴染みのないこのテーマについて、どのような論点があるのか、なぜ改正が必要なのかをわかりやすく解説し、ボトムアップの国民運動的に機運を醸成することが目的であったはずですが、一部を除いて多くの地域において細かな学習会を開くこともなく今日に至っているのは極めて残念です。
 
 「国の独立(国家主権)を守る組織を保持する」
 「司法・立法・行政による統制を確立する」
 「その行動は確立された国際法規と国際慣習に従う」
という、国際社会では極めて当然の「軍隊」に関する規定が、「国民には理解されない」と最初から決めつけるのは一体何故なのか、私には理解ができません。
 本質は、「現行憲法と、現在の憲法解釈では、日本は完全な独立主権国家たり得ず、自衛隊も十分に戦えず、抑止力も十分ではない」という点にこそあるのです。
 今この機会に「主権なき国家」から脱却せずして日本国に未来はないと強く思っています。政治がこれを語らずして、いったい誰がこれを語るのか。

 山梨県連は同種の学習会を県内七か所で開催するそうで、その真摯な姿勢に心から敬服しています。国民投票を経る以上、国会議員だけではなく、党員や国民に直接語り掛けることこそが重要なのであり、日本国民はそれに応える英知を持っていると信じます。

 裁量労働拡大の是非を巡って国会は混乱気味です。
 この方針自体が誤りではありませんが、国会の議論は全く噛み合っていない。誤ったデータを出したこと自体も行政の弛緩を如実に示すものですが、「立場の弱い労働者の裁量が経営側に本当に認められるのか」「名ばかり管理職の過剰労働や残業代カットなどは是正されるのか」「労働の実態を客観的に把握できるシステムは構築されるのか」「労働基準監督官の監督体制はどうなっているのか」等々、本当に知りたいことがよくわからないままに推移している気がしてなりません。
 過労死されたご家族を持つ遺族の悲痛な叫びや、現場で過酷な労働を強いられている労働者の声に真摯に耳を傾ける姿勢を失ってしまえば、それはもはや政治の名に値しないのではないでしょうか。
 過酷な労働を強いられる人々の現場を誰が作ってきたのか。価格破壊を歓迎し、安い商品を望んで来たことが、正当な対価が支払われない「合成の誤謬」的構造を生んだのではないか。
 収益は過去最高でも20年間停滞し続けている企業の売り上げと、実質所得の増加こそが、政策目標に置かれるべきなのだと思います。

 ところで、以前に比べてコメント欄に投稿いただく方の数が減ってきていることに私もとても寂しく残念な思いがしております。私の書く内容が難解もしくは稚拙なのか、罵詈雑言の応酬に嫌気がさされたのか、原因は多岐にわたるのでしょうが、自らを省みる必要性を感じております。

 週末は、24日土曜日がABS秋田放送開局65周年記念番組「秋田に住みます。人口90万人時代を生きるには」橋本五郎氏・壇蜜女史との鼎談収録(正午・秋田県山本郡三種町、3月3日放映予定)、秋田商工会議所青年部2月例会で講演とパネルディスカッション(午後4時半・秋田市文化会館)、関係者との夕食懇談会(午後7時・秋田市内)。
 25日日曜日は富山県内での自民党支部時局講演会(県内5か所)、関係者との夕食懇談会(午後7時・砺波市内)、という日程です。

 来週はもう3月に入るのですね。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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2018年2月16日 (金)

米国核態勢見直しなど

 石破 茂 です。
 米国核態勢見直しについて、あまり国会でも議論がありませんが、実は我が国にとっても根本的かつ重要な政策変更だと思っております。
 「戦略核」は、いったん使用して互いが撃ち合いになれば世界が終わってしまう「使えない兵器」としての位置づけが固定化されてしまい、抑止力の低下が懸念されるため、「戦術核」という位置づけの存在を復活させることで抑止力を高める、というのが基本的な考え方のようです。
 現状を「過去のいかなる時よりも多様で高度な核の脅威に直面している」と認識しており、核に対して基本的に「米国には核廃絶に向けた同義的な責任がある」としたオバマ政権とは相当に異なっています。
 核の使用を「米国や同盟国の利益を守るための極限的な状況に限って使用する」としている点ではオバマ前大統領と同じであるものの、根底には今や戦術核をアメリカの四倍も持つに至ったロシアへの危機感があるようです。

 今回の見直しには、①爆発力の小さい小型核の導入、②艦船搭載型の再開発への着手、③核運搬手段の三本柱の強化、④核使用は核以外の戦略的目標に対するものを排除しない、という四つのポイントがあります。
 長期的には艦船搭載型巡航核ミサイルを新たに開発するということと、米国の核の傘(拡大抑止)の信頼性向上との関係も、日本国自身の問題としてよく考えておかなくてはなりません。

 個人としてのトランプ氏は、核について過去様々な発言をしています。
 「私はソ連との核軍縮交渉の担当者になりたい。ミサイルのことをすべて学ぶのに一時間半あればよい」(38歳の時)
 「核戦争のことをいつも考えている。私の思考プロセスにおいて極めて重要な要素だ。人々は核戦争が起きないと思っているが、それは最も愚かなことだ」(90年の雑誌インタビュー)
 大統領就任後も「私が持つ核のボタンの方が金正恩のものより遥かに大きい。私は賢いというより精神的に安定した天才なのだ」と述べ、「いずれ世界の国々が一緒に核を廃絶する魔法のような瞬間が訪れるかもしれない」との発言にはシニカルな姿勢が窺われるように思います。
 これに対してハイテン米戦略軍司令官は「トランプが核攻撃を命じても違法ならば従わない」と述べ、核戦略に携わった17人の元将官は「核使用にあたっては議会や国防長官の承認があるべき」とする意見書を提出しており、米国内の専門家の意見も多岐に分かれているようです。
 日本においても感情論とは別の、もっと深い議論が必要です。

 小型核には、偶発的な核戦争の危険を高める恐れがある、との指摘があります。
 オバマ政権が艦船配備型の巡航核ミサイルを撤廃したのは、通常の巡航ミサイルによる攻撃を核攻撃と誤認または曲解して核反撃を受けることを避けるためだったのであり、核と通常兵器の区別がつきにくくなれば、偶発的な核戦争の恐れも高まると考えたことによるものでした。

 冷戦期、戦略核の「使えない」ことそれ自体が抑止力となって、「恐怖の均衡」のもとに大きな紛争がなかったことは厳然たる事実です。
 トランプ氏の言う「魔法の瞬間」の到来が当面期待できない以上、核廃絶を心から希求しつつ、パリティ(均衡)を常に保つことと、ミサイル防衛や国民保護をはじめとする「核を用いたとしても効果はない」という拒否的抑止力を向上させることが肝要であり、それを忘れてはなりません。

 今週の週刊新潮と週刊文春のグラビアには、さる10日土曜日に私が御殿場で旧日本陸海軍の軍用乗用車「くろがね四起」に乗った際の写真が、極めてよく似たアングルから撮られて掲載されています。
 ライバル誌同士にしてはとても珍しいことのように思われますが、文春の「石破が四起(ヨンキ)でやってくる」というタイトルには思わず笑ってしまいました。山田洋二監督、ハナ肇主演の往年の名作映画「馬鹿が戦車(タンク)でやってくる」(1964年・松竹)に引っ掛けたものですが、まあ本当によく考えるものですね。この映画は題名のイメージとは異なり、山田監督らしい深い味わいのあるもので、お勧めの一本です。

 週末は、17日土曜日が公明党鳥取県本部新春の集い(11時鳥取市白兎会館・18時倉吉シティホテル)、鳥取城北高校相撲部後援会総会・諸大会好成績祝賀会(19時・ホテルニューオータニ鳥取)。
 18日日曜日は自民党鳥取県国会議員新春懇談会(10時・ホテルニューオータニ鳥取、13時半・倉吉シティホテル、16時半米子ワシントンホテル)という日程です。

 多くの皆様に誕生日ならびに2月14日のお気遣いを賜りましたことに厚くお礼申し上げます。
 皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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